二度と何にも生まれ変わりたくありません。

なんとしても親には「報い」を、妻には「恩」を与えたいと思っております。たが、もう二度とこのような異常な境遇を経験したくはありません。輪廻転生というものがあると聞き及んでおります。もう二度と何にも生まれ変わらないためには、今後何をすべきでしょうか。念のため申し上げますが、今の「生」は、天が許してくれるまで、全うはします。

有り難し 29
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

円通寺

邦元

安心してください。今しかありませんよ。

奥様には感謝していて、ご両親には恨みを持っているというとらえでいいでしょうか。
これまでの人生、様々なことを親の責任や境遇のせいにして生きてこられたのでしょう。
しかし、よくよく見れば、あなたの中で全て決断し行動しているはずです。

全て自分の中で起きている問題です。ですから、自分次第で問題にならなくなります。

輪廻のことですが、生まれ変わる先のことを今考える必要はありません。あなたは今のあなた以前のこと前世を知っていますか?
本当にあるかどうかわからないことで悩む必要はありません。現実は目の前のことのみ。
過去も綺麗さっぱりないです。
ご両親とのことも、もう記憶にしかありません。取り扱う必要がないのです。

目の前の奥様お子様を大切にしながら、思いを生きるのではなく、今の現実を地に足つけて、しっかり生きることが救いの道です。

安心してください。今しかありませんよ^_^

2年2ヶ月前

サード・オピニオンでいいから

丁度いい塩梅に、禅の方と法華の方がご回答くださっているので、第三の見方として私からも(ちなみに浄土宗です)。ただ弁証法ではなく、並列ですので、そこはお心得ください。
まずは、気持ちのお若い方だなぁと感じました。私たち浄土宗では、「人はみな凡夫。欲望を抱えたまま生き続けなければならない。要は大したことない」という自己認識が出発点です。そこから見ると、「何としても」とか「もう二度と」という文言は、大袈裟だなぁ、という事です。相手が報いと思うか・恩と感じるかは相手の世界ですので、あなたが何をしても、あなたが企画した通りに通る可能性は100%ではありません。そこ、大丈夫ですか?
このhasunohaにはプロフィール欄があって、その最後の項目は「私の煩悩」とあります。「煩悩」とは?何となく「悩み・願い」と捉える方もいらっしゃるでしょうけれど、仏教ではこれ、「本人のコダワリ」であって、「成仏への差し障り」なのです。つまり、そこを捨てる事が成仏の道です。
もちろん、本気で問いを起こされているのでしょうけれど、実は、そのコダワリ自体が輪廻コースなのですよ。例えば奥様に指輪を買ってあげる。でも、それで充分ですか?どこまで行けばいいのですか?一度奥様が「ありがとう」と言えば、それっきりでもういいのでしょうか?まぁ、「感謝」ではなく「恩」という言い方も気にはなりますが。
「報い」の方はもっと深刻です。どこまでご両親を苦しめたら満足ですか?過去は取り戻せませんし。
だから、あなたの「一生をかけた願い」そのものが、今のところ煩悩なのです、残念ながら。

そもそも、あなたのいう「異常な環境」という出発点の認識、これも変です。「誰しも個別の環境の中にいる」、それは確かです。しかし、では、どこかに「正常な」環境があるのでしょうか?ここhasunohaに問いを寄せるどなたの環境が「正常だ」と?みんな個別なだけ、ユニーク一点ものであるだけです。
浄土宗ではお念仏を勧めます。煩悩を抱えたまま称えるのは、お題目と同じです。ただ、浄土宗の成仏は、亡くなったあと、極楽に往生した後の話です。その順番が異なります。
私のお勧めは、奥様への感謝は、朝起きたら、顔を合わせたら、折に触れて。「ありがとう」と伝え続ける事ではなかろうかと思います。心やすく過ごせますように。

2年2ヶ月前
回答僧

立正寺

常在

死ぬまでに成仏すれば輪廻から解放されます

成仏とは悟りを開くことではありません。
なんでも許したり恨まないことでもありません。
お題目を、我も唱え他にも勧める姿、これが成仏の姿です。
仏はみな南無妙法蓮華経を末法の人々に唱えさせようとしています。
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仏は輪廻しません。従って南無妙法蓮華経と唱え、人々に南無妙法蓮華経を聞かせ、わずか一人にでも南無妙法蓮華経を唱えさせることができれば輪廻しない仏となり死後は何者にも生まれ変わることがなくなります。

2年2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

早速のお言葉、ありがとうございます。
親へ「一矢報い」たいこと自体が輪廻であるかもしれないのは、理解できるようにしたいとは思います。
ただ、生まれ育った環境を今一度詳しく申し上げます。3人息子の長男として生まれました。弟たちには甘く、「長男だから・・・」の連続でした。特に高校受験の時、自分の実力ではいわゆる進学校には行けず、「我々は、我々当時のの進学校に行けたのに・・・」と3年間事あるごとに言われ続けました。 大学進学に関しても公立大のみで浪人は許されず、不合格であれば即就職との指示でした。 ところが、次男・三男も同じ高校にもかかわらず、両親からの嫌みは皆無だったことを本人達から後で聞き及びました。しかも大学進学に関しては、次男は、公立大限定なれど一浪人までは可、三男に至っては私立大まで可とも聞き及びました。

就職後の上司からのパワハラによる鬱での病欠、そして退職の希望も両親からの「お願いだから我々のために辞めないでくれ。辞めるなら親子の縁を切る」と言われ、一気に家族を失う恐怖におののき退職を諦め、薬を飲みながらやってきました。同期がいまだ最前線で活躍するのを横目で見ながら50歳でリストラにいたりました。 このリストラを契機に益々「親への報い」の気持ちが強くなりました。
有り難い助言をいただきながらも、両親への一矢を捨てきれない自分がおります。具体的に申し上げれば、両親の臨終を心安らかにさせない方法、後悔させる方法を考えている自分の姿を夢でよく見ます。

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