常に悪い想像ばかりしてしまいます。
お世話になります。
私はいつも悪い想像や不幸な未来ばかりが頭に思い浮かび、あれこれ心配になっては不安が広がり眠れなくなります。
例えば職場でうっかり余計なことを言ってしまった場合、後悔すると共に、きっと相手に変に思われたに違いない。陰でクスクス笑われてるだろうと悪い想像をしてしまい落ち込みます。
そして時に「こんなダメ人間な自分なんか死ねばいいのに」と必要以上に自分を責め立ててしまうこともあります。
また、起きていない未来の出来事に対しても、きっとこういう悪いことが起きて自分は酷い目に合うだろう。そうなったらどうしよう…と心配になりモヤモヤとネガティブなことを考え続けてしまいます。
どうしたら悪い考えや不安を振り払い穏やかに過ごすことができるでしょうか?
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
👉「悪い考えや不安を振り払い穏やかに過ごす」には振り払う頃には時すでに遅しです。
そこまでに行く前に、ああ私はまたしても悪い考えや不安を起こしてネガティブペダルをこいでいるなぁ、と気づきが必要です。
元々、それを思い起こすまではどうだったでしょうか。
何も問題の無い心でいたはずです。
習慣の一種だと思うことです。
子どもの頃はそんなこと考えもしなかった。
ある時から失うことや失敗すること、人から悪く言われることを恐れてありもしないことを問題にしたり、妄想する。
それらは総じて「ありもしないことを妄想している」ということをやっている訳です。
あなたは「こうなんじゃないか」と思っておられますが、客観的にみてみましょう。
ありもしないことを妄想している、ということをしているのです。
ここを分かるまで30回以上読んでください。
妄想の本質はありもしないことをあると錯覚しているということです。
あなたはその妄想を払おうとされていますが、ものすごく遠回りですし、間違った方法なのです。
元々ありもしないことをやっているのに、そのありもしないことを払うよりは、ありもしないと正直に見つめた方が早いということです。
問題は外ではありません。
自身が何をやっているかを正式にみること。
大したことはやっていません。
勝手にそれ以上のものを思い描いているだけではないでしょうか。
つまりは思いというものそれ自体が実に真実とは程遠いものを見せているということでしょう。
思いが生じることで実際の実物とは違うことを考える。
芸能人で失敗した人たちで復帰している人たちを見倣いましょう。
あの人たちはいわゆる「最悪の事態」を迎えても、実際さほど大したことが無かったということなのです。不倫やら離婚やらで世間中に騒がれてもケロッとしているということは、さほど大したことはないのです。
その大したことのないものを、実際にそうなる前からあなたは過剰に騒ぎすぎているということでもあるのです。仮に最悪の事態を想定して、その通りになったとしても今思っていることとはまるで違うことがそこで始まるのです。
あなたが見極めるべきことは自分の妄想と実際の現場との違いです。
あなたが優先したがっているのは自分の妄想。
冷静な人が優先しているのは実際の現場です。
深呼吸して目を覚ましましょう。そしてより高い人間性を目指しましょう。
視野が狭いから悩むのです。
仏教的に、悩みは執着(シュウジャク)から生まれます。それは現状に固執するあまり、事態の全貌を捉える視野が狭く、目の前の問題だけが大きく見えるからです。
苦しい時は「なんで悩んでいるのか?」と、あくまでも理論的に自問自答してみて下さい。他人事かのように問題を客観視し、現状を俯瞰するのです。解決策のある"欠点"であれば、次から直せばいいだけのこと。解決策のない単なる"不安"であれば、悩むだけ無駄なことに気付くでしょう。その切り分けと納得が一つの解脱です。騒ぎが収まってみれば、なんであんなくだらないことで悩んでいたのだろうと笑えてしまうという話。
修行という行為は、浮世離れした行為に身を投じることで、俗な執着をリセットする気付け薬です。理性によって解脱できないなら、そのような荒療治もあるでしょうが、責任感のある理知的な方だとお見受けするので、穏便な自己解決も十分可能でしょう。
質問者からのお礼
お忙しいなか御回答ありがとうございます。
柳原貫道様
「今を生きるしか出来ないのに、今をおざなりにしている」という御言葉、本当にその通りだと感じました。
過去への後悔や未来への不安ばかりに意識が向いていて、今現在の自分へ意識が向くことがほとんど無かったように思います。
少しずつ「今」に意識を向けて集中できるよう頑張ってみたいと思います。
貴重な御言葉ありがとうございました。
丹下覚元様
「ありもしないことを払うよりは、ありもしないと正直に見つめた方が早い 」という発想は今まで私の中にはなく、目から鱗が落ちるような思いです。
ありもしないことを妄想し、大したことないものを過剰に騒ぎすぎている。という御言葉も正にその通りだと思います。
御回答を拝見してからは、悪い想像に取り付かれても「あ、今考えたことはただの妄想だ」と気付くことが何度かありました。
少しずつでも冷静に現状を見極められるようになりたいと思います。
貴重な御言葉ありがとうございした。
中山雅紀様
論理的でとても納得のいく御言葉になるほどと頷くとともに、「悩みは執着 (シュウジャク)から生まれる」という御言葉が胸に刺さりました。
ちっぽけな名誉欲やプライドに固執し、必死でしがみつくあまり視野がせまくなり現状を全く俯瞰で見れていませんでした。
「騒ぎが収まってみれば、なんであんなくだらないことで悩んでいたのだろうと笑えてしまう 」ということは確かに何度も経験しています。
執着に取り憑かれるあまり、自分を見失ってしまわないよう少しずつでも意識を変え、客観的な視点や論理的に問題を捉える力を育てていきたいと思います。
貴重な御言葉ありがとうございました。
*今までいただいた全ての御回答、また今度いただくかもしれない全ての御回答、何度も読み返させていただきます。胸に響く数々の御言葉、誠にありがとうございました。