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嫌がらせ…

回答数回答 3
有り難し有り難し 29

数年前から 信用してた友達に詐欺にあいかけたり 愛車に 何回もキズをつけられたり 変えたばかりの携帯番号から 通知番号でいたずら電話がかかってきたりと 毎日不安な思いで過ごしてます。

3人の子供がいるんですが 私が仕事から帰るまで 何かあったらと思うと気がきでなりません。

1度 お寺で透視の出来る方にみてもらったら 私にたいする恨みを持った人がやってる!って言われました…

その恨みを持った人というのが 以前付き合ってた男性というのです…

その意見は あくまでも参考として受けとめてます。

自分にとっては こころ辺りがないので 嫌がらせではなく、正々堂々と言ってほしいと思います!

嫌がらせする人は なぜ隠れてそういう悪さをするのでしょうか?

私は 子供を守るために これからどうしたらいいですか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

警察に被害届をお出しになっては

警察にご相談になり、場合によっては被害届を出されては如何でしょう。実害を被っておられるのですから、警察も放置はしないでしょう。

お寺で透視、というのはお寺に住むものとして、正直、当てにならないし、実際、かつての男性に心当たりがないのですから眉唾であることが明らかに知られます。

一人で悩まないで警察か、いきなり警察に躊躇なさるなら悩み事相談窓口でお話になることだと思います。

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個別相談可能
私はお坊さんといっても、ひと様に何か答えらしいものを提示できるような立派な者ではありません。むしろその逆で、しょっちゅう周りの方々にお尋ねして、教えてもらって生きています。質問について考え、答えようと悩むことで私自身が学び、僧侶として少しでも成長していけたら、と思っています。 youtube法話を始めました。私の名前ですぐ見つけていただきます。
本堂までWi-Fiの電波が届かないので、お内仏(家のお仏壇)のお部屋でお話します。

別々のできごとをつなげていませんか?

数年前に詐欺にあいかけたのと、車の傷と、迷惑電話、同じ犯人なのでしょうか?

たとえば5年間に起きたいくつかの不運なできごとを、頭の中で編集してつなげてしまうと、「5年間ずーっと不運な人生だった」と勘違いして落ち込む危険があります。

ひとつひとつのできごとを分解して考えてみたら、そこまで悩む必要がないレベルの事件だし、事件と事件の間には平穏な日々がかなりあったはずです。

小さな子供は、注射される前から、まだ痛くないのに泣いています。
大人は、注射された瞬間は痛いですが、注射されていない時間まで痛がりません。
注射の瞬間だけ冷静に痛がる大人になりましょう。
子供さんに何かあったとしても、そのときにできることをすればよいのです。

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おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

先祖からの催促

先祖からの催促かも知れません。
詳細がわからないのであくまで参考ですが。
ご先祖さまの中に、人を騙したり人のものを盗み取った人がいたという話は聞いたことがありませんか?
あなたのご実家、元旦那の家系にです。
もし、心当たりがあれば対応は出来ます。
一度確認なさると宜しいかと思います。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

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