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母が心配でたまりません

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実家とは車で30分の距離ですが、
最近母が、腰部脊柱管狭窄症という腰の病気になり、歩くのが困難になってしまいました。
数年前から緑内障を発症しています。

昨日、夢で死んだ祖父(母にとっては義父)がでてきて、何も言わず、でも目が白眼だけだったと言っていました。
なんだかとても気になっています。

母に良くないことが起きるのではないかと、心配でたまりません。

母は嫁姑で散々苦労をし、いまやっと自由な生活が送れているのに、いま何が起きては、母がかわいそうで、代わってあげたいとさえ思います。

今夏にも二世帯同居を始める予定です。
父も今年70で、母は63です。
2人とも体が心配ですが、特に母が心配でたまりません。

母は私の憧れの人なので、その人に何かあったらと思うと…

このような時の気の持ちようはどうしたらいいのでしょうか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたはあなたの命を全うする

誰も取って代われない命だからこそ、あなたはあなたの命を全うすることです。
母は母の命。
できる限りのことを尽くして、あなたが愛や慈悲を行為することです。
それによって後悔はありません。
それによって真の親子関係が作られます。
報恩、孝行、孝順の心があなたによって行われることによって、それがあなたを救うことになるのです。

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お悩み相談08020659278
💕禅ママ説法💗 禅ママの超簡単!不安消しテクニック! (*´ 艸`) 人生って、ちょっぴり不安がいっぱいよね? でも大丈夫! 「現実」と「頭の中だけ」をちゃんと見分けられるようになれば、不安なんてちっぽけなものよ! だって、みんな「もしも~」「もしかして~」って、頭の中で勝手にドラマ作っちゃってるだけなんだもん。 (˘ω˘) 「あれが起きたらどうしよう」とか「こんなことになったらどうしよう」って、まだ何も起きてないのに、勝手に心配しちゃうのよね。 だから、今この瞬間、目の前にあるものに意識を集中してみよう! ✨ 見えるもの、聞こえるもの、感じてること… そうすれば、どんなに不安なことがあっても、"今ここ" に戻ってこれるわよ! 心配事って、まるで映画の予告編みたいなのよ。 まだ何も始まってないのに、ドキドキハラハラしちゃうでしょ? でも、実際は、今この瞬間、目の前で起きていることだけをちゃんと見ればいいのよ。 そうすれば、心はもっと穏やかになるわよ。 不安を感じたら、ちょっと立ち止まって考えてみてね。 「この不安、本当に今の私に必要?」 「今、目の前で起きていることは、一体何?」 そうやって、現実と想像の違いに気づけば、不安に振り回されることも減っていくわよ。 だから、今日一日も、"今" をしっかり感じて、笑顔で過ごしてね! (*´ 艸`) じゃ、行ってらっしゃい!

先祖供養が大切

体の左が先祖、右が現在(自分)を表しています。女性はこの逆。
おそらく先祖供養が足らないのだと思います。
また、腰は肉に要と書くように、体の要点です。自分という存在は過去と未来を繋ぐ要です。病院での治療は勿論、要として先祖供養をしっかりなさることが肝要です。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

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