お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

躊躇する事なく生き物を殺す事について。

私はゴキブリや、蚊、ダニ等は躊躇する事なく殺したりしますが、それは大した罪にならないのでしょうか?

それら生き物にも仲間や家族がいるかもしれません。

小さい生き物はいくらでも殺しても良いのでしょうか?

ダニの様に沢山存在する命を殺す事に対しての罪は重くないのでしょうか?

大小の生き物を殺した罪の違いはあるのでしょうか?

生き物には、微生物から大きいものまで、食べれる食べれないと、色々ありますが、お坊さんが生き物に対して殺せる境界線はあるのでしょうか?
例えば、お寺に殺虫剤や、ホウ酸団子、ハエ叩き等は常備しているでしょうか?

お坊さんは、蚊やゴキブリや、ダニは躊躇する事なく殺せるのでしょうか?

有り難し 10
回答 2

質問投稿日: 2018年8月18日 19:53

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

❝不殺生戒❞を守れない事を自覚すること・・・。

あなたは多分仏教を学んでおり、❝不殺生戒(ふせっしょうかい)=生き物の命を奪ってはいけない❞というものをご存じなのかと推測します。
しかし、現実問題として、毒を持ったり、病原菌などが寄生している可能性があるゴキブリ・蚊・ダニ等を「躊躇なく」殺す人間がほとんどでしょう。事実、小生も蚊が止まった瞬間、たたき殺しています(まだ血を吸っていないのに・・・😅)。ゴキブリを見たら、殺そうとします。また、お寺で、お供えしている、お仏飯やお餅を食べられないように・・・という事で、ネズミ捕りの(毒)薬も置いております。
確かに、仏教では「あらゆる生き物を殺すな」と説いています。さはさりながら、人間は他の動植物を殺し、命を奪って、自らの命を生きながらえているのです。つまり、❝不殺生戒❞を「完全」に守っていくことは「不可能」なのです・・・😢。
従って、そのことを「自覚」して、むやみに生き物を殺すことは慎む。食事などでどうしても「殺す」ことになる事(仏教では直接自分が殺していなくとも同罪だと考えます)を、慚愧(ざんき=心から恥じること)し、命を捧げてくれた動植物に、合掌し「(すみません、許して下さい。あなたの命を)頂きます」と言って食べる。そして残すことなく頂き、終わった時は「ご馳走様でした」という事を「最低限」のマナーとして教えているのです。人間に限らず、あらゆる生き物は、他の命を奪って(弱肉強食)生存しているのです・・・生きるためにはどうにもならない「宿命」とも申せましょう。そのことを「自覚」することができるのは、人間だけなのです。だからこそ、お食事の作法は大事なのです・・・人間だけが慚愧し、感謝できるのですから・・・。合掌 南旡阿弥陀仏

10ヶ月前
回答僧

大忍貫道

有情というカテゴライズ

ご質問を拝読させて頂きました。
仏教では、有情(心がある生物)とそうでないもので分けて考え、輪廻転生すると、有情のいずれかに生まれ変わるとされます。
人も蟻も共にその有情にカテゴライズされ、同等と言えるでしょう(草や植物は有情ではありません)。
だから、人でも蟻でも殺生すれば、同じように悪業が積まれてしまいますので、古い仏典を読むと、釈尊を含めた立派な修行者は、小さな虫を踏んでしまわないように、歩くときは常に下を見ながら歩いたという記述があります。

現代に生きる私たちは、人間を中心に据えて世界を眺めています。
それが個人に還元され、自分を中心に世界が回っているように錯覚する智慧のない状態、「無知・無明」です。
この錯覚を正す事が大切な事だと思います。

私個人は、ゴキブリでも蚊でも殺生しません。

10ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

僕のつまらない質問に対して
ご丁寧に回答して頂き誠に有難うございます。

次の質問で、微生物等の命の重さについて教えて下さいませ。

「動物・ペットについて」問答一覧

「動物・ペットについて」問答一覧をすべて見る
関連する問答
このページの先頭へ