口は災いの元
自分でも、ネガティブな発言が多いのはわかっています。
もっと明るい話題があればいいのですが、つい愚痴っぽくなってしまい、周りからも嫌われていると思います。
自分の出した毒で、自分が毒されている。
おしゃべりで自分でも自分がいやになります。
見ざる、言わざる、聞かざる。で過ごせば良いと知りましたがどの様な、心構えで実践を行えばよいのでしょうか?
また、すでに無くした信用を回復する為には、どう過ごせばよいのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
見ざる、言わざる、聞かざる。誠意ある行動を。
見ざる、言わざる、聞かざる。
そうだね〜 コミュニケーションで 話題は重要だよね。伝え聞いたことや、見聞きした話は、面白いけれど、どんどん話が膨らんで、脚色されて、誇張していく怖さもある。ウワサ話がそうだよね。
話半分で聞くくらいが面白いのかもしれないし。トラブルに巻き込まれないようにするためにも、見ざる、言わざる、聞かざる、が良いのだろうと思うよ。
自分も、全く知らないところで、あること ないこと、言われると嫌だものね。それに、そんな勝手な話をしている人を、信用なんて出来ないものね。それと同じ。口は災いの元ですね。
また、失くした信用? をどうするか。
それは、今後の誠意ある態度じゃないかな。
間違っていたり、傷つけてしまったのなら、心から謝り。また、言動や振る舞いにも、心を配ることかしら。
見ている人がちゃんといますから。
イメージが、変われば、印象も信頼も得てきますよ。
空のように
拝読させて頂きました。
そうですね、私もマイナスに考えがちですし、気がつくとついつい愚痴を言ったり人の悪口を言ってしまったりしますね。後から考えてみるとああ言わなきゃ良かったなぁと思うことがたくさんあります。自分の中から出てくる愚かな心の表れでもありますよね。
そのような愚かな私達であるのですね。
ついつい口から出てくるそのような愚かな思いをゆっくりと見つめ直すことも大切です。そこからが出発点でもあります。そしてこれからどのように考えてものごとや人に接して発言して行動していくことが望ましいことなのかを考えてみることが大切です。
できればそのような愚かな私達の思いである毒を捨て去ることが必要なことですからね。
毒を捨て去れば自分も周りの人もその毒に侵されることはなくなっていきますからね。
もしもそのような愚かな考えである毒が沸き起こってきたのならば例えば空を見上げてみてはいかがでしょうか?ゆっくりと雄大に流れていく雲や昇っていく朝日を浴びることによって己れの愚かな考えやその毒は如何に浅はかであり小さな事であるかを見つめ直すことができるかもしれませんし、雄大な景色を見たり想像するだけでそのような些細なものごとを流してみることもできるかもしれません。
あなたがこれからどこまでも広く伸び行く空のようにあるいはあらゆるものを明るく照らす太陽の光のように豊かな心を養っていかれ皆さんと共に仲良く幸せに生き抜いていかれますようにと切にお祈り申し上げます。
質問者からのお礼
中田 三惠様
前回同様、今回もお答え頂きありがとうございます。
これからの言動や行動に気をつけながら生活をしていこうと思います。
Kousyo Kuuyo Azuma様
空を見上げて、深呼吸して雄大な心の持ち主になれるように努力し
中田 三惠様
前回同様、今回もお答え頂きありがとうございます。
これからの言動や行動に気をつけながら生活をしていこうと思います。
Kousyo Kuuyo Azuma様
空を見上げて、深呼吸して雄大な心の持ち主になれるように努力します。
ありがとうございました