亡くなっている先祖に願望成就力はあるのか?
・母=昭和18年2月14日 生
・祖母=生年月日は当方は知りません 82歳没
(※カテゴリー選別が一縷、判りませんでしたが)
母方の祖母(当方のおばあちゃん/母の母)は、当方が13歳くらいの頃に亡くなりまして、なので、亡くなったのは35年くらい前です。
それで、
おばあちゃんの位牌代わりの紙札の様なものが、母の寝室にあります。
うちの母は、去年、当方が失業中だった時、毎日お線香を焚いて、お祖母ちゃんに念じていたとの事です。
それで、何件か落ちた後、応募した仕事に採用になりました。
そんな経緯もあってかどうか、母は、「~お祖母ちゃんにお願いをしているのは、結構効く・・・~」と言っています。
まぁ、「効く」と思っている根拠は、当方がその当時に、その仕事に採用になった事だけに依るものではないと思いますが、
しかし、そのお祖母ちゃんが亡くなって、まだたった35年ほどです。
それに、願望成就の効果が期待出来るのは、つい35年ほどまえまで実在して生存していた親族の先祖などではなく、「神様」の類だと考えております。
(※確かに、そんなに何百年もまだ経ってない昔に実在していた、例えば菅原道真などを神様として祀っている神社などで、参拝しに来ている人々が祈願/祈念して、御神徳頂いて学問成功などが成就している人も居ましょうが)、
当方のお祖母ちゃんは、亡くなってまだ35年ですし、今でも、神格に成っているわけではないと考えますので、
【Q:親近者であった、亡くなっているお祖母ちゃんに、願望成就の効果など、あるもんなんでしょうか?】
当方が失業中/求職中である現在も、やはり、母は毎日お線香を焚いてお祈りしております。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ご先祖に願望成就力はありません。全くありません。何年経とうがありません。
ただし、先祖からの教えや、先祖から続くいのちのバトンへの感謝などを、あなたがあなたの実際の行動に活かすという意味では願望の成就に全く意味がないとは言えないかもしれません。
しかしご先祖が神格化し不思議な力で願いを叶えてくれるなんてことはありません。少なくとも本来の仏教ではそのような考え方はしないと思われます。
【追記】
大変失礼を致しまして申し訳ありません。大事な事をハッキリとお伝えするつもりが表現に至らない部分がございました。ご指摘いただき深謝申し上げます。
合掌
煩悩無尽誓願断
願い事…仏教の専門用語では、誓願(せいがん)と言います。そう、『願いを誓う』。
お願いするのが本体じゃありません。誓う方が本体なのです。だから昔の人は「願望」と言わず「願掛け」と言いました。お願いして願いを叶えてもらうのではありません。誓いを立て、身も心も清め、目標に向かって雑念なく真っ直ぐ邁進します…というのが誓願なんです。
だから願を掛ける対象は、自分が裏切れない、裏切るわけにはいけないお方に掛けるのがよろしいです。それが誰かは人によっては違うでしょう。ご先祖さまかもしれない、神仏かもしれない、逆に子や孫の顔を思い浮かべて誓う人だっているかもしれません。
実際、欽ちゃんこと萩本欽一さんは若手を叱るときに「お前、自分がしたことをお墓のご先祖さまの前で胸張って報告できるのか!!」と叱っていらっしゃるようです。
さぁ、あなたは今は亡きお祖母さまに約束して、その約束を破れるでしょうか?
先祖に感謝し、祖母に感謝し、あなたの為に祈る母に感謝して、お仕事に努められたらよいと思いますよ。
先祖や祖母に願いを叶える力があるかどうかは分かりません。
ただ、いつまでも先祖や祖母との絆を感じながら生きることは大切なことだと思いますよ。
質問者からのお礼
「吉武文法 様」
ご回答頂き、回答趣旨は分かったのですが、冒頭部分、
「ご先祖に願望成就力は“ありません。全くありません。何年経とうがありません”。」
と同じ事を3回も立て続けに発せられていると、有り難いと思う前に、イラッ!とします。
プロのお坊さんでありましょうが、読み手の心理は察せられるはぞうだろうに、と思いました。
便宜上、「有り難し」はしましたが。