hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
2019年のあなたを表す漢字 募集中

ノート

回答数回答 1
有り難し有り難し 7

自社や客先での事をノートに書きました
疲れました
夜も眠れません
1〜2時間に1回、目が覚めます
うちに郵便配達にきた人が自宅のチャイムを鳴らし玄関を開けたら「こんなデカイ郵便物、面倒くせー。チキショー」そう言われました
A4の封筒で折り曲げ厳禁と書かれていました
もう勘弁してください
もう嫌だ

2018年10月27日 21:14

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

 先日ウチでも、玄関先で何かごそごそしている人がいるなぁと思ったら、郵便配達の方が大きすぎて入らない郵便物を頑張ってポストに入れようとした所でした(笑)
 ポストにポンとはいれば楽なのに、呼び鈴を鳴らすのは、その人にとってもストレスだったのかもしれませんね。まあそのセリフは、あなたに向けられたものではなく、郵便物に向けられたものですので、「ホント、面倒ですね。大変です。ご苦労様」と言ってあげられたら良かったですね。

 頭が興奮すると、夜眠れなくなったり、途中で起きてしまったりしますよね。私もときどきそうなります。私は「今日はダメだ。眠れない」と思ったら、早めに睡眠導入剤を飲んでしまいます。遅くまで粘ると、朝まで薬が残ってしまってつらいので(笑)。最近は市販の漢方のが気に入って飲んでます。

2018年10月27日 22:51
{{count}}
有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/40歳代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが...

質問者からのお礼

光禪 様
お返事、有難うございます。
そうですね。郵便屋さんに、そう言えれば良かったです。
光禪さんにあう漢方薬があって良かったです。
いつか何も飲まなくても、ぐっすり眠れるようになったらサイコーですね。

「死について」問答一覧

自殺の身勝手さ。第三者を巻き込む死

私の大切な家族が自殺の第一発見者になりました。会社で、恨みつらみを書いた遺書がありました。トラウマになりました。会社に行くたびに思い出すだろうし、顔が頭から離れないみたいです。私は、亡くなった人を悪く言うのはいけないとわかっていても許せません。 そんなに恨みがあるなら生きて戦えばいいし、それが無理なら社長の前で死ねばいい。その死をもって何か変わると思ったのかもしれませんが、変わらないし逆恨みらしいです。そんな風に恨みながら死んでいった人を、恐怖の中で懸命に救おうとした家族の気持ちを考えると、怒りが込み上げてきて、私の方が恨んでいます。きっとつらくて当人にしかわからない苦しみがあって自殺に至ったので、 責めるのもおかしいですよ。でも、これからってときなんです。もしこの先、PTSDになったり精神が病んでしまったら、誰も責任はとれません。ハスノハでも自殺したいという書き込みを見ます。 死にたいなら黙って人目につかず死んでください。私は大切な恩師を亡くしました。最後まで生きることを願い、余命との恐怖の中でも諦めず、死と正面から向き合いながら必死で生きることを教えていただきました。だからこそ、自殺したいとか自殺した人を軽蔑します。人それぞれの人生ですから、生きられない人の分まで生きろとか思いません。関係ないですから。でも、死ぬならどうぞ人目につかないところでお願いします迷惑です。自殺するということは、それを発見する人が必ずいる。その人の家庭を追い込み、その人自身が病んで病気になったり、最悪自殺することもあり得るかもしれない。自分勝手に一人で死んだつもりでも、誰かを巻き込み誰かの人生まで狂わすんです。もうサスペンスやドラマを見れなくなるかもしれない。完全な日常には戻れないかもしれない。自殺する人に死なないで、生きてたらいいことある!なんて言っても本人の辛さはわかりませんから。ただ、発見した誰かの人生まで巻き込まないでもらいたい。それを踏まえて自殺なんてしないでほしい。そんな自分勝手な死は私は最低だとおもいます。私なりに家族を支えていくつもりです。考え方が自分でも最低だと思います。許す、許さないという立場でもないです。頭ではわかっていても気持ちがどうしても故人を恨んでしまいます。 一人で解決できそうにないです。

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

安楽死について

度々の質問を失礼致します。  最近、安楽死に関する映像を観ました。 今まで実際に安楽死される方を観たことがなかったので衝撃と同時に安楽死についてとても考えさせられる内容だと思いました。  実際に病気に苦しまれているご本人やご家族を拝見して苦しみながらも安楽死を選択する場面を観てやるせなさを感じると同時に苦しみから解放される場面を観て涙が止まりませんでした…。  安楽死に至るまではご本人、ご家族共に議論を重ねており、最終的には自分のことは自分で行え、自分の意思を伝える自由を持ち人間としての尊厳を持ったまま生きたいというご本人の気持ちが痛い程に伝わってきました。また、それを見送るご家族も本当に悲しかっただろうけれどもご本人の意思を尊重できる思いやりの深さも痛い程に伝わってきました。  それを観て病気で苦しむ本人が「どんな苦境でも生きたい」という意思がないのに治療を続けることや生を強いることはとても残酷なことではないかと思いました。  また、私は安楽死がもし許可されるようになったら本当に苦しんでいる人が救われるし、そうじゃないとしてもいつか生きることに疲れ切ってしまった時に尊厳をもって人生を終えることができる選択肢が存在するということは安心して生きていくことに繋がるのではないだろうかと感じました。  生きていれば確かにいつかは病が治るかもしれません。でも、そうならなかった場合苦しみを味わうのは病気になった本人です。今の日本はなぜ、苦しんでいる本人の意思を無視して無理やり生かそうとするのでしょうか…。そして、苦しんでいるのに死にたければ本人の尊厳を踏みにじるような残酷な方法で自殺する方法しかないのは何故なのでしょうか…。 生まれてくることは選べないのに死ぬことは許されないのは何故なのでしょうか…? 苦しみぬいてまで生きることは本当にそんなに価値のあることなのでしょうか…? 家族は確かに生きてくれた方が心の支えになって良いかもしれない、でも苦しみを味わう本人の意思を無視しても正しいことなのでしょうか?  笑顔で最後までご家族を労わりながらも亡くなっていく患者様ご本人を観て「生きる」とは何か本当に考えてしまいました。  安楽死について、どの様に考えるのかお坊様方の意見をお聞きしたいです、よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る