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「死について」を含む問答(Q&A)一覧

回答は、各僧侶の個人的な意見のため公共性を帯びたものではなく、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
2020/06/12回答受付中

毎日死について考えてしまいます

私は毎日、大切な人たちの死を考えてしまい、悲しくて苦しくてこの先の人生に希望が持てなくなるような瞬間があります。 大切な人たちというのは主に家族で、特に両親や姉妹のことです。 昨年、結婚し初めて実家を出ました。 元々結婚願望がなかった私でしたが、婚約してからはあっという間に家を出ることになってしまい、当時29歳でしたが、なんだか現実に起こっていることと自分の心がついてこないような感覚でした。 あぁ、私も結婚する歳なんだなぁ…大人になってたんだよなぁ…というような感じです。 結婚生活はとても楽しく、実家にもよく顔を見せに帰っていますし、姉妹とも連絡は頻繁に取っています。 しかし、いつも楽しく幸せだと感じる裏側で、いつかこの幸せも終わってしまう、いつまでも幸せではいられない。そう思ってしまうのです。 もしかしたらあと10年後には両親がいないかもしれない。もう少し前の私であれば、そんな考えが浮かんでも「まだまだ若いし元気だから大丈夫」と自分を励ますことができたのですが、最近ではもう親の死も他人事ではないというか、あり得ないことではないと落ち込んでしまいます。 いつだって人は死と隣り合わせで生きているし、親がいくつだろうと、自分が大人でも子どもでも関係ないことだったのに。 この先私が親や姉妹よりも長生きするとすれば、私の未来にはとても悲しくて辛い出来事が必ず当たり前のように訪れます。 「大切な人の死」という、想像しただけでも胸をえぐられるような悲しみ以上に、楽しいことや幸せだと思えることが今後あるのでしょうか。 もちろん私の両親も自分の親とのお別れを経験しているわけですし、人はそうやって生きていくものだと思いますが、こんなことを夜な夜な考えてはこの先の未来に影を落としてしまいます。 少しでも前向きに考えていけるようになりたくて、ここでお話しさせて頂きました。 わかりにくい文章で申し訳ございませんが、何かお言葉を頂けたらと思います。

有り難し有り難し 2
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2020/06/12回答受付中

死ぬ間際の人間のありかた。

人は、死ぬ間際、どういう心持ちでいたら良いのでしょうか。 死ぬ瞬間。 浄土系の教えでは、弥陀来迎を信じ、弥陀にお任せして、心穏やかに 最後の時を迎える事だと思います。 死の間際、恐怖なく安穏で居る事は並大抵じゃない。 高度な仏教哲学も、「自分が成っていないと」生老病死の苦しみに対する、屁の突っ張りでしかない。 「成った事」すら、無明を前にして、自覚出来ない気がします。 だとしたら、方便でも、心穏やかに最期を迎えられる、浄土系の教えは、在俗の者に有効なのかなと思いました。 学究であり、優れた人格の法然上人の、庶民への優しさかなと思いました。 しかし、究極の真理は、「自浄其意」だと思います。 しかし、禅宗にも一抹の疑問が涌きました。 「六道輪廻は生きる人間の心の有り様。」と、輪廻思想を切り捨てると、 「而今」の真理から言えば正しいですが、施餓鬼等、自身が行っている事も否定してしまう。  正自覚者である釈尊が、見通した世界。インド土着の世界観等々と切り捨ててはいけない気がするんです。 だとすると、死の間際の心の有り様は重要なのではないでしょうか。 人生に一度しか経験しない、最大恐怖の死。 生老病死の最大恐怖。 何かすがるものがなくても、灯明の如く寂滅できるものでしょうか。 お坊様方は、人は死の直前、間際、どのような状態に居るのが理想と思われますか? 何もかも放下して、消え行く中。 どんな気持ちでいるべきなのでしょうか。 最大の疑問です。 どうぞ、ご教示くださいますよう、お願い致します。

有り難し有り難し 8
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2020/06/07回答受付中

死にたい。生まれてきたくなかった。

初めまして。26歳、女、独身、恋人無しの一人暮らしです。 昨日の夜、首を吊ることばかり考えてしまい色々検索していたらこのサイトに行き着きました。 ここまで死にたいと思ったこともなく自分でも困惑しています。 死にたいと思うのは家にいるときや仕事の休憩中等です。 仕事中は仕事にものすごく集中できます。ちなみに仕事は子ども関係です。 ですが休憩中、死にたいと思っていたことを思い出して職場なのに涙が出そうになりました。 地元ではないところで知り合いもおらず、生活のほとんどを仕事に費やしています。 福祉系の大学に通い資格を取り、今の仕事は楽しませてもらっています。 ですが昨今の情勢で学校の休校も3ヶ月間続き、その間の仕事時間が長くなりました。 そこで余裕もなくなっていき、職場に通う子どもに冷たく接してしまうことが度々起こるようになりました。 そのような冷たい接し方が、過去に母が私にしてきたような態度と重なってつらくなりました。 私も大人になり母親業の苦労も想像できるようになり、母も余裕がなく、元々反応が薄いこともありああいう態度になってしまったんだろうなとは思います。少し同情もできます。 ですが心のどこかで許せていないような気がするのです。 人と目を合わせて話せないのも、人と目を合わせて話せない母の影響かなと勝手に考えてしまいます。 大学の講義で赤ちゃんの愛着を学んだときは非常につらかったことも思い出しました。 母から愛情を受けてこなかったようにしか思えなくなりました。 話は逸れましたが、そんな思いがつのって生まれてきたくなかった、私は三姉妹の末っ子だから、と思うようになりました。 私が生まれなければ両親はそこまで経済的にも精神的にも苦労せず、二人の姉を育てられたのではないかと考えてしまいます。 昔付き合っていた人にも同じ話をしたことがあります。そしたら「親への感謝の気持ちが足らない。親に失礼だ」と言われました。 (ちなみにその人とは私のネガティブが原因で破局しました) 身近な人を亡くした人が書き込めるサイトを昨夜寝落ちするまで見ていたのですが、私が死んでもこのように思ってくれる人がいるのでしょうか。 そろそろ生前整理を始めようかと思います。このくらいなら自死以外で死んでも困らないと思いますし。 とにかく楽になりたいです。死ぬ勇気もないからせめて前向きに生きたい

有り難し有り難し 10
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2020/05/24

死に対する矛盾と疑問

私は家計的に仏教とは縁があり。 お坊さんの思想をとても信頼していまして、以前からこのサイトを自分自身の励みとしています。 まず私の人生を話しさせていただきます、以前縁あって地下アイドルをしていました、某AKBなんてメジャーな運営ではないので、日の目を見ることはほとんどありませんでした、それでも僅かなファンを大事にしてまいりました。 その活動の傍ら私は男になりたいう性同一性障害に苦しむようになりました、自分の求める容姿になれない、輪郭も骨格も、男になり切るには無理があると周りから言われても諦めず叶わぬ夢を追い、そのストレスの反動でたくさん親やメンバーに悪態を吐きました。 性別を変えるためには膨大な費用がかかり我が家の財産では到底無理でした、毎日苦い思いに泣く日々、鏡を割ったり死のうとするのは日常茶飯事でした。 学校もろくに行かずに3年程アイドルを続けて、そろそろ将来やべぇ、って思いました。 アイドルを辞めて、高校受験をしました、今では無事入学し、文学と生物学の勉強をしてそれなりに充実しております、見た目も男と女の中間だって、半端だってそれが自分なのだから受け入れよう、妥協したっていいじゃないかと思うようになりました。 そんなある日、何気なく死後について考えました。 死んだ後はどうなるんだろう。 思い出の服、大切な友達や家族との記憶、大好きな歌、憧れの人のことを全て忘れてしまうのかな。 やってきたこと全て無駄になるの?。 死にたくない、生きたい、ずっと生きたい。 あれだけ死ぬことばかり考えていたけれど、今度は生き続けるために画策しなければならないなんて、あぁ、なんて皮肉。 記憶は脳が作ってるから死んで脳が焼かれたらおしまい、あの世って考え方は死への恐怖をなくすための御伽話なのかな。 あの世があっても転生して魚や牛になって食われるのは勘弁だよ。 そのために今は自分なりの徳を積んでいます、散々私がいじめた親に恩返しをしています。 死への恐怖、なくなりますかね? あと人は死んだらどうなるのですか? 人格が変わってしまいました、興味と欲望と生きる気力がなくなりました、かと言って死にたくもないのでただ存在しています、死を気にしない溌剌とした自分に戻りたいです。 死という概念に囚われずに輝く同年代が少し羨ましく思えます。 今私が見えているものは灰色の世界です。

有り難し有り難し 4
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2020/05/24

生きるのが苦しいです

昔から自分の面倒が見れなくなったら死のうと決めて生きてきました。 子供が大学を出て自分が人生でやるべきと思っていた事も一通りやり終えた頃、うつ病で仕事ができなくなり、頃合いだと思い死ぬ準備をしていた時、離れて暮らしている姉妹が自死してしまいました。 彼女も多分私と同じ考えで絶望や無念からの自死ではなく生ききったと感じ、人生を終えたのだろうと思うのですが、残された私はどうしようもなく悲しくて辛くて、思い出しては涙が溢れてきます。 理由はどうあれ自死が家族に与える悲しみを知ってしまった私は親や子供に同じ悲しみをさせられないと感じ自死を選べなくなってしまいました。 ですが、自分自身生きたいという欲望が全くなく、親や子供を悲しませたくないという理由だけで生き続けてきて4年精神的にも経済的にももたなくなってきました。 もう無理、助けてと言えば家族は手を差し伸べてくれるのだろうと思います。でも人に迷惑をかけてまで生き延びたくはなく、どうしたら死ねるのかばかり考えている毎日にも疲れ果てました。 姉妹の自死は家族にこんなにも悲しみを与える事を教えてくれたのかも知れません、 生かされている事にはなにかしらの理由があるのかもしれません。 でももういいよ、がんばったね、終わっていいよと言ってほしい。 とりとめのない文章になりすみません。 自分勝手なのだと思います。 家族に悲しみや後悔を感じさせなく、人生を終わらせる事はできないのでしょうか。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1
2020/05/22

死後の世界と霊能者

はじめまして、中学生のにいなと申します。 とあるサイトで霊能者「名前は伏せます」の方が転生についてこんなことを言っていました。 ーーーーーーー 転載について 多少の個人差はありますが、私が現在拝見するご相談者さま方の一つ前の前世は、1800年代前後の方が一番多いように感じます。 今から約150年〜200年前くらいです。 また、そのへんでよく見かける幽霊は、現代人から古い方でもだいたい100年くらい前までの方が多いので、よほどの想いを残している方で無い限り、おおよそ数年から100年程度以内で成仏するんだと思われます。 そしてよく見る前世の時期の平均からして、成仏という状態からおおよそ100年〜150年後くらいに転生するのではないかと思われます。 ですから、次の転生にかかる時間は「魂の位によって」というよりも 「早く成仏するか、霊としてこの世に長く留まるか」によって変わってくる様子です。 今世の自分に影響を与えているのは一つ前の前世だけでは無く、その前の前世である場合もありますし、前世の影響がほとんど無い方もいらっしゃいます。 また前世が動物だった人や、前世のない新しい魂の方もいらっしゃいます。 転生は前世でクリアできなかったことの再チャレンジや、一つ上級課題へのチャレンジのようなものです。 ですから、今世での悩みやつまづきが、前世から引き継がれた「克服すべき再チャレンジ課題」や「次の課題」である場合もあります。 ーーーーーーーーーー この方はとても霊感が強いらしく、お笑い芸人が肝試しに行く某テレビ番組でも廃神社で神様が見えるとか寺の跡地で修行僧の霊が見えると言っていました。 正直眉唾な感じがすごくします。 また死後の世界についてこのサイトで色々とお坊さん達の回答を見させてもらったところ、死後の世界や霊についてお釈迦様はあまり語られなかったようで、宗教にもよりますが霊感やあの世に関してはある程度のタブー?バイアス、があるように思えます、それをこの人がズバズバと言ってのけるので怪しさ全開ですね…。 その霊能者の回答についてのお坊さん的見解を是非聞きたいです、また死後の世界とはやはりどういうものなのか耳学である私にわかりやすく説いてはもらえないでしょうか。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1
2020/05/22

死に関する夢について

死に関する夢についてです。  先日、母親が亡くなった夢を見ました。直接母親が死ぬところや遺骸を見たわけではなく、どこかの建物(病院?)の廊下で、ふと「あ、死んだんだ」と夢の中の私が悟る、という夢でした。また、夢の中で「これからどうしよう」と考えたり、母親に代わり姉が家事をする光景や、父親が悲しそうな顔をしている場面が印象に残っています。(場面は飛び飛びです)  夢占いによれば、死は吉夢であり、特に親の死は自立に関係するようで、確かに私は就職したばかりです。また、死の予知夢である場合は稀らしく、仮にその場合は、橋や川、白い花や蝶が出てくるそうですが、そういった類のものはなかったように思います。  しかし、私は、10年ほど前にも似たような夢を見たことがありました。その時は、祖母宅の庭を眺めながら、ふと「ああ、祖母は死んだんだ」と夢の中の私が悟る、という内容で、先日見た夢と似ていました。  そしてこの夢を見た数年後に祖母は亡くなったのですが、祖母宅から霊柩車を見送るために庭に出た際の光景が、その時の夢とよく似ていました。(天気など)  その夢を見た時点ですでに祖母は高齢であり、また亡くなる半年ほど前から体調を崩していたことから、言い方は悪いですが自然と言えば自然です。逆に現在、母親はとても健康です。  ただ、私は所謂「正夢」というものを度々見ることがあります。ハッキリこれは正夢だ、と認識しているものが3つ、またそれ以外にも、おや?と思ったものが無数にあります。そのため、先日見た母親の死を悟る夢が、数日後か数年後かに本当になるのではないか、と不安になっています。  人はいずれ死ぬ、という事は理解しており、いずれ両親が亡くなることもまた確実です。ですが、祖母の死が個人的にトラウマになっており、あんな思いをするのは向こう30年はごめん被りたいというのが本音です。  また、つい最近、近所でコロナウイルスに感染した方が出た、というニュースを聞いたこともあり、より不安な気持ちになっています。 バカみたいな話だ、と言えばそうなのかもしれませんが、、、  実際、私が見た夢は将来起こりうるものなのでしょうか。また、私はどうすれば良いでしょうか。

有り難し有り難し 4
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