hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
家から匿名・オンラインでお坊さんと話せる!hasunohaオンライン個別相談
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

おおらかに生きる

回答数回答 2
有り難し有り難し 55

法は法でも世俗の法を学んでいる者です。
しなやかに生きる心構えについてお聞きしたく存じます。

つい先日、法話をうかがう機会がありました。
その和尚さんは「大いなる哉心や」を引いた上で、心に限界を設け縛りつけているのは自分自身だとおっしゃっていました。

法律を学ぶ学生の世界はなかなかにストレスフルです。
学ぶこと、学び続けること自体には不安や不満を感じてはいませんが、誰かと比べられ、数字をつけられ、それをまた比べられ……というプレッシャーに重装備した心で立ち向かい、空回りする日々が続きました。「なるようになればいい」と思っていた頃もあったはずなのに、過去の失敗や将来への不安に囚われ、肝心な時に限って上手くいかないこともありました。何のために法を学んでいるのか、目の前で困っている人に手を差し伸べるためではなかったのかというもっとも根本的なさえ、卒業を前にした今まで忘れかけているような有様でした。

なるほど、私を囚えたのは私自身だったのか。法話に膝を打ってはみたものの、それでは時間をかけてガチガチになってしまった心をどうほぐしたものかと思いあぐねています。いびつな形でありながらも平和に共存している二つの民族が、血で血を洗う戦乱を繰り広げ憎みあった記憶を取り戻すことの意味を問うた小説を読んだことがあります。私もまた心を塗り固めて抑え込むことでやっと踏ん張ってこられたのではないのかという恐れを感じているのです。

巧みなる画師であるところの心にのびやかに過ごしてもらうためには、日々どのように考え過ごせばよいでしょうか。アドバイスをいただけますと幸いです。

2019年2月11日 8:01

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

糸の弛緩のタイミングを大切に!

質問読ませていただきました。

私も僧侶をしながら大学で法律を学び、一時期は弁護士を目指した身ですので南北さんの葛藤は少し分かるような気がします。

さて、法で悩む人へ手を差し伸べるという志しはとても素敵なものです。法治国家である日本においては、法を熟知した人が法に疎い方を陥れたりすることもありますよね。
真っ直ぐ生きていても、法を知らないために多大な不利益を受けると言うことも日常茶飯事におこっています。
そんな方をなんとかしてあげたいという南北さんの心は、とても慈悲に溢れているのでしょう。

ところで、法に悩む人に手を差し伸べるというのは色々な方法が考えられます。弁護士を目指す、司法書士を目指す、行政書士や他の資格試験を目指すといったものも1つです。
もしくは、法の知識を蓄えて法曹界とは異なる道へ進むという方法もあります。私も、弁護士にはなれませんでしたが、学んだ法の知識で御信者さんにアドバイスしたりなんてこともしております。

このように色んな方法がありますが、自分の進もうしている道次第では、やはり周りや数字と戦わなければならない時期があります。
心をほぐすというのはとても大切な事です。釋師のおっしゃるように張り詰めすぎはいつか切れてしまいます。しかし、自分の目的を叶えるための過程に置いては、歯を食いしばることも必要となります。

ですので、上手に気分転換をする術を身につけ、自分の夢の初心をしっかり胸に刻みながら前に進むことを忘れないで下さい。
過去の失敗も将来の不安も、自分が一歩ずつ進んでいくことで必ず解消されてきます。一歩進めば過去の失敗は経験に変わって活かされ、一歩進めばまだ形として見えない将来が少しずつ具現化してくるので不安は解消されてくるからです。

そして、一歩進むたびに少し心の緊張を緩めてあげればいいのではないでしょうか。
夢を叶えるためには、緊張の糸の弛緩のタイミングが大切ですよ。そのタイミングが自分で上手に掴むことが出来れば、普段の生活でも充足感を持っていけるはずです。

なかなかうまくいかないこともあるでしょうが、頑張るべきときは気分転換と初心を心がけて前を向きましょう。その歩みを進める中で見えてくるモノもありますよ。

何か少しでも参考にしてみて下さいね!

2019年2月11日 14:45
{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

頑張る事も時には必要ですが

普段から頑張り過ぎていると緊張の糸はいつか切れてしまいます。
私は趣味でギターを弾くのですが、弦楽器には丁度良いテンションで張らないと、きつ過ぎると切れてしまい、弱過ぎると音が出ません。
人間の精神も同じではないでしょうか?
緩め過ぎても駄目、かと言って法を学び始めた最初の目的を忘れる程の張り詰め過ぎでも、いつか切れてしまいます。
自分なりのいい塩梅というものを見つけてみて下さい。

2019年2月11日 9:09
{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


浄土真宗本願寺派 忠専寺 住職 同宗派 特別法務員 同宗派 布教使 ...

質問者からのお礼

釋様
藤川様

お二人ともお忙しい中ご回答いただき、どうもありがとうございました。おかげでさまで、少しずつ考えがまとまってきたように感じています。

緊張の糸の弛緩のタイミングが大切だというのはおっしゃる通りですね。きちんと気分転換をするということ自体忘れてしまっていたようで、糸が切れかけていたと気づいた今になってみれば、休もう、休んでもいいんだという不思議な感慨さえあります。

そこに限度があることも承知しています。私の問いも思い返してみれば、どのように休めばもっとも上手くいくかと考える戦略的な私が、努力しなければならないと所構わず正論を振りかざす私に殴りかかられ、戸惑った末に投げたものだったというのが実情かもしれません。「いいの?本当に休んで?」「押さえ込んできたものが解放されてもっと酷いことにならない?」と。

この迷いを捨てて、おおらかに構えていれば自然と湧き上がってくる力をいかにそのままにしておくかという問題さえ片付けてしまえば、それができても駄目かもしれないというのは実のところ不安というほどの不安でもありません。ここは不思議と能天気なもので、今日の悩みが明日の笑い話になっていればいいなと一息ついて、これからの一日一日を気楽に頑張ってみようと思っています。

この度はたいへんお世話になりました。
末筆ではございますか、皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

「今を生きる・自分の生き方」問答一覧

何が正解?

再び相談させて戴きます。 生きていく中で仕事をする事が自分の目標になっています。 鬱でも前は仕事して家事もして趣味も楽しんでいました。でも、今は何も興味ないし毎日ダラダラ過ごしています。 外に出ることも出来ず玄関先が精一杯です。こんなんじゃ仕事なんか出来ないと諦めればいいのに… なかなかできません。 専業主婦でもいいとは頭ではわかっていても、仕事していた自分が充実していたのが忘れられず、今の自分が堕落してるよいうに感じています。 今は調子が悪いので家事もやったりやらなかったり。 鬱を気にしないでと助言も頂きましたが、なかなか難しいです。現実的に何も出来ない自分がいて、やろうとしても苦しくなって泣きながら家事をしていたりします。 無理はしなくていいですは、わかっていますが、やらない自分が許せなくなって自分で自分を苦しめている感じです。 どう毎日を生きていったらいいのかわかりません。 ずっと寝ていてもいいよと誰かに許しをもらいたいのか? 自分の中に2人の自分がいるようで。 優しい自分と厳しい自分が毎日争っています。何もしないと身体も衰えてしまうんじゃないかとか脳も衰えてしまって認知症になるんじゃないかと思うと怖くなります。 まとまりのない文になりましたが、何がお知恵がありましたらお聞かせください。 ここだけが心の呟きが出来る場所になっています。 お願いします。助けて下さい。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

角が丸くなっていく自分が怖い

プロフィールにも書きましたが、現在フリーターです。 昔からなんだか気が付いたら大変なほうを選んでしまう自分がいます。 これが自分の性なのかぁと内心あきらめかけています。 そして経験するにつれて、歳をとるにつれてだんだん自分が丸くなってきているのがわかります。 もはや、仕事も人も好きか嫌いかで判断するものでもないと。 感覚として嫌いな人やものでも、付き合っていくうちにその人のことを理解しようと思うのですが、かえってそれが自分が無理をする足かせになってしまいます。つまり、分かろうとするから、それが必要な理由が分かるからこそ無下にできないと思ってしまうのです。 両親であれ、学校の先生であれ、仕事仲間であれ、どんなに嫌でもその人のことを理解しようとして選択をした結果が、現在の状況であり、いつも大変です。 世の中のきれいな部分汚い部分含めて、それが正しい正しくないという枠組みを超えて、今いる場所が自分の人生なんだなぁと納得しつつあるのですが、 自分のいいところを誰に認められることもなく、自分の中の悪かった部分は改善され、良かった部分は削られていく現状に不安があります。 なぜ良い部分を削らないといけないのか。 若いうちは、ある程度自分の良いところを軸にキャリア選びをしていくものではないか、自分の好きなこと、興味があること、やりたいことを軸に生きて行ってもいいのではないかと思います。 しかしそんな若々しい芽を発芽させることなく、そしてそれももはやわからなくなってきました。 人と違うことをしたり、何の精神的な支えもなく一歩を踏み出せるほど強い人間でもないですが、大人として落ち着いていくことにまだ未練があります。具体的には、仕事選びに関してです。ですが丸くなればそのほうが精神も安定しますし、なんやかんや仕事は続けられるマインドセットではあるのです。 おそらく、もう少し歳をとったら、あんなこともあったなぁというくらいに見れると思うのですが、30手前の今だからこそ、もう少し葛藤していたい自分もいます。 丸くなってしまうと、自分がなくなってしまうんじゃないか。その結果自分が今までされてきたように若い子たちの自由の芽を逆に摘み取ってしまう側になるんじゃないかと怖いです。どうしたらいいでしょうか。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

闘争心が無いと言われ責められます。

お忙しいところ失礼します。私の悩みは、親から闘争心がないと責められることです。 小学校低学年頃から他人は他人、自分は自分という考えで生きてきました。私なりに「育った環境や家庭がみんな違うから、成績や体力を比べても大した意味はないのではないか」と思っていました。 私は読書が大好きで物語から科学、歴史の本まで興味を持った本を片っ端から読んでいく子供でした。本を読んでいる間だけは他人より上に!というような親や学校の圧力から逃げることが出来ました。 ところが親はそれを良しとしていないらしく、お前には闘争心がない、ぼんやりしている、出世できないというようなことを直接言わずとも言葉の端々に滲ませ、隙あらば発破をかけ私を発奮させようとします。 少し昔の話になりますが、高校受験の為に通っていた塾の先生も私を貶して発破をかけ成績を上げようとしてきました。私はそれがとても嫌でしたが、当時それを伝えられるだけの気力も語彙もなくただノイローゼ気味になりながら塾に通い高校に合格、卒業しました。 全くの無気力というわけではなく、新しいことを知ることも体を動かすことも好きです。ただそれを他人と比べる意味を全く見いだせず、順位が貼り出されたところで興味は沸きません。試験で失敗してしまった際も親にお前は悔しくないのか!と怒鳴られましたが悔しいという感情がほとんど理解できません。私の努力が足りなかったか努力の方向が誤っていたための結果だなと思っただけでした。 私には妹がいますが妹は闘争心の塊という感じで一位でないと気が済まないタイプです。妹と不仲という訳ではありませんが私には一位でないと気が済まないということがやはり理解できず、親も待遇に差は出さずとも競争させられることを嫌がる私より目に見える結果を出す妹を可愛がったようでした。 長くなってしまいました。私は自分が納得できる結果であればそれで良いと思っているのですが、その考えは改めなければならないものでしょうか。闘争心がない私は親が言うように何をやってもいまいちなパッとしない、駄目な人間なのでしょうか。

有り難し有り難し 10
回答数回答 2

専業主夫という生き方はアリでしょうか

こんにちは。 当方、23歳(男性)の無職です。 専業主夫になり、家事の全てを担い同棲中の恋人に貢献しようと思っております。 専業主夫が楽そうだからとか、そんなことは一切思っておりません。母子家庭の母に育てられて、女手一つで家事も子育てもこなしくていく母を見た。抗うつ剤を飲みながら、それでも家族が生きていくために頑張る母を今まで見てきました。決して楽ではないでしょう。 けれど、私は家を守りたい。仕事に出かける恋人を朝見送って、家事をして、犬の散歩もこなし、夕飯の支度を考え、そして帰ってくる恋人を迎えたい。幸いにも私は家事は嫌いではありません。 しかし、それを恋人が良しとするか・・・それが悩みです。 専業主夫になろうと思った理由は以下の通りです。 先日、パートとはいえ希望の職種につけたのですが、仕事が遅く、迷惑をかけ、結果として今月にクビとなりました。 自分なりに指摘されたこともとに改善策を考えたり、さらに勉強すべきだと意気込んでいたのですが、クビに。なんだかんだ書きましたが努力が足りなかった、努力するのが遅すぎた、全部自分の怠慢が招いた結果です。妥当な処分だと受け入れています。 私は気づきました。労働は向いていないと。週4、5時間の勤務ですら帰宅すると死んだように眠る。同棲している恋人に情けない姿を見せている。 この土地に移住する前は仕事もこなし、休日は副業のバーテンダーもやっておりましたが、それらが続けられたのは周りの人々がとても心広く、優しく、そして私を必要としてくれたからです。 きっとそのような人々に恵まれた環境の職場など、もうないでしょう。 働くのが、向いていないのです。 とはいえ、自分には返済すべきお金があるので、パートは始めるつもりです。返済金と、少しでも家計の足しになるようなお金を作ります。 けれど、正社員で働くことは厳しい。私は精神疾患と発達障害持ちですが、別にそれらのせいにしたいわけではありません。 人と関わること、責任を持つこと、自分の能力以上の成果を求められること、それらが苦痛です。 好きだった趣味すら今はもうできなくなってしまったほどに。 甘えだと、怠慢だとなじるのはどうぞご自由に。甘んじて受け入れます。 前置きが長くなってすみません。簡潔にお尋ねしますね。 専業主夫って、アリですか? ※当方、同性愛者です。

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

今に集中できないです。

こんにちは。以前相談させて頂き、温かいお言葉を頂きながらもまた相談してしまうことお許しください。 相談後、日常を大切に今できることを1日1日する気持ちで過ごしてきました。 体調はよく、家業の手伝いや子供のサポートをして、夜は好きなドラマや読書ラジオなどをゆっくり楽しみ、たまには心の許せる歳上の友人(今、親しく付き合える唯一の人)と電話したり会ったり。 家族がいて、友人もいて、やるべきことをしているはずなのに、何か遠くにあるものを求めている。(再就職とか夢中になれるような生きがいや趣味など) 年賀状などで普段付き合いのない人達の近況に触れたときに、皆さんそれぞれ 立派な仕事を持っていたり、趣味にいそしんでいたり、子供さんが誕生して家族が増えていたり、ご夫婦が揃っていたりなど、よかったなあと思う反面、振り返って自分が不器用で足踏みばかりで、かつて思い描いていた生活とはかけ離れた状態にあることを痛感してしんどくなります。(不運もあるかもしれないですが、努力が足りなかったのが主原因) 夫は亡くなり、独立する勇気がないからずるずる婚家に残り、色々助けてもらいながらここまで来て、感謝はしてもしきれません。長年の無理がたたって足を痛めている義母の手伝いを今はしてあげたい。子供もかわいいし、今は受験に向けて頑張っているのを最後まで応援したい。 今はそれが私にできることやるべきことのすべてなのに、それを理由にどこかで自分の問題(就職や自己実現的なこと)から逃げている気がしてきます。 春になれば息子の進路はどこかしらに落ち着くでしょう。私もまた就職活動を本格化させたい。でも一年前の経緯(焦って神経症を患った)が頭をよぎり、また繰り返すのではないかと心配になったり、衰えの目立つ義理親のことも気にかかり、近所地域の煩雑な付き合いのあるこの家をどうして維持していくか、それとも早く自立して出ていくべきなのかとか、頭が混乱してきます。 これまでの愚かな自分、その結果の今の自分、ますます尻すぼみで淋しい厳しい境遇になりそうな未来の自分。 結局自分のことばかり、しかも考えても意味のないことばかり頭に浮かびます。 もっと外に目を向け、今の現実に向き合いたいです。厳しいお言葉でも結構です。ご教示をよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

生き方を変えた方がいいのか

私は自分で真面目な性格だと思います。また自分の足で自立して生活したいと思っていますし、そうやって生きてきました。離婚によってそれが間違いだったのかと悩んでいます。 元旦那は付き合っている時は羽振りが良かったです。しかし結婚の時、私に指輪を選んでいいよと言っておきながら、土壇場でお金が払えないと言って私は自分の指輪を自分で買いました。結婚式も、お金がないから質素がいいと言ってみたり、母親が海外がいいと言っているなど話が二転三転し、結局疲れて式場折半の他に私が自分のドレス分を出しました。新婚旅行は、わたしは旦那にごねられるのが嫌で、2人分自分で払いました。 妊娠中はあなたは健康だから産んだら3ヶ月で働けると冗談で何回も言われ、私が体調を崩して働けなくなると、自分が主夫をやるから働いてくれ、と言われました。私を都合よく使っているだけと気づき離婚しました。 真面目な人ほど馬鹿をみるとはこのことなのかなぁと思います。真面目に仕事をして家事をこなし、努力してここまできたのに、私の生き方は間違っていたのかなぁと考えてしまいます。 この生き方、変えた方がいいのでしょうか。何を変えたら、人生上手く回るのでしょうか。

有り難し有り難し 26
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る