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自分の冷たさ

私は、母親の死によって自分自身の冷たさについて考えるようになりました。

母親が苦しんでいる時、私はとても冷たかったです。
例えば私は母親が病気で苦しんでいる時に初詣に行きました。
私は、その時トートバッグが欲しかった
初詣に行く前にトートバッグを買いました。
今思うと、私は母との時間よりも物欲・・を優先したんだろうと・・
もちろん、その時はタイムリミットが近づいてる事は
分かってはいなかったけれど、
あんなに苦しんでいた母より、私はそっちを選んだ

最初はどうして初詣を断れなかったんだろうと・・そう悔やんでいました
でも、よく考えると私は断れなかったのもあるけれども、結局はトートバッグが欲しくてそっちを優先したんだろうと思います。

苦しんでいる母を横目に私は何か言葉をかけるでもなく
パソコンやっていた事もありました

母が亡くなって気づきました
パソコンとか物欲とか母との時間に比べたらどうでも
いい事だったと・・

母が自分の死をもって私の持ってる冷たさを教えてくれたのだろうか・・と考える時があります。

あんなに苦しんでいたのに、自分の物欲、自分の時間ばかりを優先して母の事を顧みようともしなかった
私はおかしいのではないだろうか・・
と今思い出しても自分の冷たさについてやるせなくなります

私はずっと、自分中心に生きてきた
自分の中にある冷たさ、冷酷さと、どう向き合ったらいいのでしょうか?

身近な人の死
有り難し 26
回答 1

質問投稿日: 2019年3月3日 15:06

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

藤川 誠海

周りにたくさんの愛情を注いでみて下さい!

質問読ませていただきました。

お母様の苦しみに寄り添えなかったと考え、苦しんでおられるのですね。心中お察しいたします。

さて、まーちゃんさんのご年齢からすると、お母様はかなりご高齢だったのではないでしょうか?
お母様が身体を悪くされることもたびたびあったかもしれませんし、ひょっとしたら介護疲れなどもあったのかもしれません。

人は、苦しむ親を心配したりする気持ちはあっても、24時間365日それだけを考えて生活するのは不可能です。自分の生活がありますし、自分の考えや欲求もあります。それらと上手に調整を付けながら、相手を思いやるのが普通なのではないでしょうか。
また、最初は「相手のために」と思って始めた介護も、長引くにつれて義務感を感じることも珍しいことではありません。

まーちゃんさんは、自分の物欲や時間ばかりを優先してとおっしゃいますが、お母様の心配をし、看病をしてあげ、優しい言葉をかけてあげたことだってあったのではないですか?
親が亡くなってそれほど親の事を考えられる人は、必ず生前にたくさんの親孝行をされていたと思いますよ。それは自分で気づいていなくても、相手には届いていたはずです。

ですので、あまりご自身を責めないで下さい。その上で、お母様が亡くなられたことで自分に冷たい部分があるんだと思われるのであれば、これからは周りの方にたくさんの愛情をかけてすごされてはいかがでしょうか?
きっと、それが親孝行に繋がりますし、まーちゃんさんの気持ちも少しずつ晴れていくのではないでしょうか。

何か少しでも参考にしてみて下さいね。

2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

何故かお礼のコメントがなかなか表示されず遅くなってすみません。
温かいお言葉にちょっと、うるっときてしまいました。
ありがとうございました。

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