父が亡くなりなぜこんなに悲しいのかわかりません。
先日、父が亡くなりました。大好きな父でしたので未だにまだ悲しくて仕方ありません。
けれど、父が生きていたとしても私が理想とするようなことはできなかったはずなのです。
たとえば、父とゆっくりお酒を飲むとか、父と旅行へ行くとか。
父は酒豪でしたので、一緒にお酒を飲んでも意味のわからないことで叱られて終わるか父が母に八つ当たりするかだったので、仲良くお酒を飲むなんてできませんでした。
育ててもらって感謝いっぱいだし、酒豪だったけど私のことは愛してくれてたのは伝わってきてはいたので、父のことは好きかと聞かれれば大好きでしたけど、父が病気に勝ち長生きしたとしても何をしたかったとか思いつきません。
葬儀でも葬儀社の人に「お父様が生きていたら一緒にやりたかったことはありますか」と聞かれましたが、思いつきませんでした。強いて言えば、私には子供がおり、孫大好きな父でしたので「孫ともっと遊んで欲しかった」ということだけです。
でも、なぜこんなに悲しいのでしょう。生きてくれさえすればよかったとも思ったのですが、どうしてここまで悲しいのかわかりません。
上手くことばにできませんでしたが、
何か少しでもお言葉をいただけましたら幸いです。
どのカテゴリーを選んだらよいかわかりませんでした。すみません。
親のマイナス面ばかり気にしてしまう
お坊さんからの回答 2件
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質問読ませていただきました。
お父様のこと、とても大切に思っていらっしゃったのですね。
心中お察しいたします。
何故悲しいのか・・・それは色んな気持ちが入り交じっていらっしゃるでしょう。
優しさや厳しさ、何気ない笑顔や怒った顔、普段の何気ない行動などなど。普通に生活している上で気にしなかったようなことが、ささゆりさんの心の中に良い思い出としてたくさん積み重なっているんですよ。
ひょっとしたら、お父様が生きておられるときは、ささゆりさんとうまくいかなかったときがあるかもしれません。ケンカしたこともあるかもしれません。
しかし、そんな出来事も含めて、ささゆりさんはお父さんのことが好きで大切に思っていらしたということなんです。
お父様を亡くされて悲しい気持ちになるでしょうが、実はお父様の事をとても大切に思っていた自分というものを、しっかり褒めてあげて下さいね。
また、人の生き様というのは、人生を終える際に全て表れます。なぜなら、死とは人生の総決算とも言えるからです。
お父様が亡くなられて、ささゆりさんのように本当に「悲しい」と思ってくれる人がいることは、とても幸せなことです。それだけでも、お父さんの人生はとても満たされたものだったでしょう。とても親孝行なことです!
さらに、人は年齢の順番で言えば、親の方が年上ですので先に亡くなります。
しかしその順番を違えて、親より子供が先に亡くなる場合ももちろんあります。その場合、残された親はとても悲しみます。それはもう見てられないくらいにです。
ささゆりさんは、お父様をしっかり見送ってあげれたでしょう。それだけでも親孝行なことなんです。
また、お父様が亡くなられた後に出来る親孝行は、しっかりお父様の供養をお寺さんにお願いすることです。これも少し頭に入れておいて下さい。必ずや、ささゆりさんの悲しみを癒やす手助けともなるでしょう。
お父様の死を受け入れつつ、自分はしっかり親孝行できたんだという気持ちと共に少しずつ立ち直っていって下さいね。
何か少しでも参考にしてみて下さい!
一番心に感じていることを受け止めてください。
大切なお父様が亡くなること、大切な身内が亡くなること、こんなに悲しいことはありません。それは当然のことです。どんなに親孝行していても、これで充分ということはありません。それほどのことだと思います。
ささゆりさんが、お父さんを想う気持ちと同じように、お父様も同じように、もっと優しく接すれば良かったと想っているのでしょうね。そんな気持ちがストレートに伝わってくるのだと思います。お酒が好きだったことは構わないのですが、そのことで皆さんに対して優しくできなかったこと、冷たくわがままでいたことなど、ささゆりさんが今、感じていることがそのままお父様も感じているということです。
だから、そのことを許してあげれば、今の気持ちは変わるはずです。
本当は、優しいお父さんであったのです。
質問者からのお礼
ご回答ありがとうございました。
心が少し軽くなったような気がします。