人殺しの理由について
漫画やアニメ、その他創作物の中で、「金のために人殺しをする人間はクズ」というような風潮があるように感じられます。
しかし私は、逆に何の為ならば人を殺して良いのかが理解できません。
自身の思想や国の思想、宗教や家族のためならば人を殺しても仕方ないとでも言うのでしょうか?
とても不思議に思います。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
世の中は在るように在るだけなんですよ!
質問読ませていただきました。
漫画やアニメというのは主人公がいて、その視点から物語が描かれていきます。
「金のために人殺しをする人間はクズ」というよりは、主人公やそれに組する人達の意思に沿うことが正義で、その目的を達成するためには多少の障害物を排除しても構わないという論調で物語が進んでいくことが多いように思われます。
もちろん、その方が読者も感情移入して、気持ちもすっきりしながら見進めていけるので、そういう書き方の作品が多いのでしょう。
これを私たちに当てはめるなら、自分自身が主人公で正義であり、自分の目的を達するためには多少の障害を排除しても良いと思うかもしれません。
しかし仏教では、自分を主観とした視点や自分こそが正義という独善を捨てて、世の中を俯瞰して見ることを説きます。そして、世の中の在り方や姿を正しく認識し、自分もその中の一部に過ぎないことを教えています。
つまり世の中はただ在るように在るだけなのに、その事象に対して個人個人が「善い」とか「悪い」という評価をつけて色づけしてるだけなんだよ、ということですね。
これに当てはめるなら、どんな理由にせよ、「人を殺す」ことについて良いも悪いもないのです。
ただし、仏教では因果応報をときますので、人を殺したのであればそれ相応の苦しみを受けます。現世で苦しみを受けるか来世で苦しみを受けるか、はたまたその苦しみがどこまで続くかは分かりません。それは自業自得なんだから、覚悟しなさいよ!ということですね。
また、仏教ではそういう教えですが、世間法はまた違います。
日本でいうと、日本の憲法や、刑法などの法律、もしくは地方自治体の条例などですね。その国や地域の決まりに反したことを行えば、それによって罰せられます。
それらの決まりに反することは、どんな理由にせよ罰を受けなければいけないということです。
ただ歴史を見ると、思想や宗教のために、革命などの名目で人殺しを正当化してきた歴史があるのもたしかです。
しかし、それは一部の人から見た正義であり、絶対的な価値観ではありません。
先に述べたように、世の中はただ在るだけです。どんな理由にせよ、やったことの報いは受けるのが世の在り方ということを胸に留めておいて下さい。
何か少しでも参考にしてみて下さいね!