霊能力や癒しの力は存在しますか?
お世話になります
妻の母が霊感があるといい
悪いものが付いているから今しんどくなってるのはそれのせい
未来が見える、起こった出来事は予想していたという
ペットボトルの水をさわって浄化する、気を入れたから水が重くなる。食べ物を触るとおいしくなる。
お寺に行くと住職さんに力がありますか?と言われた。
手を当てると病気が治るなど
このようなことは実際ありえるのでしょうか?
正直 病気の時に触ってもらっても良くなりませんでした。治らない時に信じないと治らないと言われました。聞きました。
食べ物も触ったからといい味に変わりないです。
これで生計を立てているようです
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
相手の善意を受け取れる人であれ
霊能力や力といわれるものは作用のこと。
作用としての効果はちゃんとあるのです。
私の禅能力で透視します。✋
貴方が霊能力なんて無いのではないかと思い始めた原因はあなたの保身に由来しまう。自己保身が強く、自分の身を守るために倫理やモラルに反することをしてしまうタイプでしょう。過去にしてしまったことを抱え込み、ついため込んでしまうでしょう。その原因はおそらく、この質問も相手の親御さんに対して何か心理的に追い詰められたことが機縁します。そこからこの質問に至ったと私の本尊様が言っておられますが。まぁ、それはいいとしましょう。
さてさて、
未来が見える、起こった出来事はある程度の予想はできるということです。
ペットボトルの水をさわって浄化・気を入れたから水が重くなるとは、お子さんに嫌いなものを食べさせるときに親御さんがおまじないや魔法の言葉を言うでしょう。それは慈悲の心をあなたに教えているのですよ。
食べ物を触るとおいしくなる。 →食べ物をモノと思っている人間は食べ物をいつもお命様だと思って頂戴していないから諭されているのですよ。
住職さんに力がありますか?と言われた。あるのでしょう。あなたを見抜いて導く力が。
手を当てると病気が治ることは実際あるのか?→あなたが今感じ取れる心を引き出す。感応道交。相手が善意で良くなってもらおうと思ったのに、受け取れない人は徳も福も愛も見逃しているのだと言われているのですよ。あなたの誕生日を間違えて祝ってくれた相手にあなたはおそらく「今日じゃないよ」と突っぱね返してしまうような冷たいところがあるでしょう。
あなたのこの質問は本当は超能力や霊能力があるとかないとかではない。
あなたが人としての温かい血が通える機会、あなたの持っている本来の優しい心を取り戻せる機会をいつもの「保身」「我愛」で見失っているのでしょう。
だから病気の時に触ってもらっても良くならなかったということ。自分ファーストだからなのです。
「治らない時に信じないと治らない 」信じる信じないではなく、相手が私に働きかけてくださっているその善意をキャッチするセンサーをONするスイッチのありかを忘れているのですよ。
思い当たるところがあるでしょう。
あなたが本当にするべきことがあるはずです。
それに背いているからあなたは「疑い」の境涯にあるのです。
これが私の癒し能力です。(^'^)
相手の善意を受け取れる人であれ
霊能力や力といわれるものは作用のこと。
作用としての効果はちゃんとあるのです。
私の禅能力で透視します。✋
貴方が霊能力なんて無いのではないかと思い始めた原因はあなたの保身に由来しまう。自己保身が強く、自分の身を守るために倫理やモラルに反することをしてしまうタイプでしょう。過去にしてしまったことを抱え込み、ついため込んでしまうでしょう。その原因はおそらく、この質問も相手の親御さんに対して何か心理的に追い詰められたことが機縁します。そこからこの質問に至ったと私の本尊様が言っておられますが。まぁ、それはいいとしましょう。
さてさて、
未来が見える、起こった出来事はある程度の予想はできるということです。
ペットボトルの水をさわって浄化・気を入れたから水が重くなるとは、お子さんに嫌いなものを食べさせるときに親御さんがおまじないや魔法の言葉を言うでしょう。それは慈悲の心をあなたに教えているのですよ。
食べ物を触るとおいしくなる。 →食べ物をモノと思っている人間は食べ物をいつもお命様だと思って頂戴していないから諭されているのですよ。
住職さんに力がありますか?と言われた。あるのでしょう。あなたを見抜いて導く力が。
手を当てると病気が治ることは実際あるのか?→あなたが今感じ取れる心を引き出す。感応道交。相手が善意で良くなってもらおうと思ったのに、受け取れない人は徳も福も愛も見逃しているのだと言われているのですよ。あなたの誕生日を間違えて祝ってくれた相手にあなたはおそらく「今日じゃないよ」と突っぱね返してしまうような冷たいところがあるでしょう。
あなたのこの質問は本当は超能力や霊能力があるとかないとかではない。
あなたが人としての温かい血が通える機会、あなたの持っている本来の優しい心を取り戻せる機会をいつもの「保身」「我愛」で見失っているのでしょう。
だから病気の時に触ってもらっても良くならなかったということ。自分ファーストだからなのです。
「治らない時に信じないと治らない 」信じる信じないではなく、相手が私に働きかけてくださっているその善意をキャッチするセンサーをONするスイッチのありかを忘れているのですよ。
思い当たるところがあるでしょう。
あなたが本当にするべきことがあるはずです。
それに背いているからあなたは「疑い」の境涯にあるのです。
これが私の癒し能力です。(^'^)