お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

忘れられないことをどう扱うべきでしょうか…

お忙しいところをすみません、お悩みを聞いてくだされば大変助かります。

私は18歳から一人で日本にきて、留学生として勉強してきました。一度も社会に出たことはなく、学業はまあまあ順調でやっと博士後期課程へ入れました。しかし…人生は順調そうに見えますが、恋愛だけはいつもうまくできないです。
今回も彼氏と別れて、一人で大阪に来てしまいました。別れの原因は…彼の女性交遊関係です。私と付き合っている時に他の女性と曖昧不明な関係を持っている彼ですが、私は彼のことをなかなか忘れることはできません。
出来損ないと何度も何度も自分を攻めました。そして、いくら頑張っても、努力しても、変な話、出会いアプリもやってみてしまっても、彼のことを忘れられない自分がいると分かりました。
しかし、いつもいつも彼のことも思い出して、とても悲しみます。この悲しみの正体はなんでしょうか…とても知りたくて…

彼と別れて最初の2週間はよく彼とその女性のことを思い出しても、いつも激しい嫌悪感を感じていました。それを消すために、私は彼と彼女を思い出す度に周りの状況、きっかけ、自分はどこにいる、その日の気温、時刻なども詳しく記録して何か特徴を探そうともしてました。→1日で飽きて、今はその女性を思い出してもあまり嫌悪感はなくなりましたが、今回は悲しみです……

仏陀の言葉を読んだことがあります、そこに「愛する人と会うな、愛さない人とも会うな。愛する人と会えないのは災いであり、愛さない人と会うのも災い、それゆえ、愛する人を作るな…」というようなお言葉があります…理解できますが、悟ることはできません…

いろいろ混乱していて、たぶん文章にはなっていないと思います…どうかいろいろ教えてください!よろしくお願い致します!

恋愛相談
有り難し 22
回答 2

質問投稿日: 2019年4月15日 0:24

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

起こることは自然

ご相談拝読しました。学業に励み頑張っていらっしゃるのですね。誠にご苦労様です。

さて、あなたにこんな言葉を紹介します。それはもちろん仏陀の言葉!…ではなく、プロレスラーの武藤敬司さんの次の言葉です。

「思い出と喧嘩したって勝てっこねえ」

どうでしょう?つまり、ケンカする相手が間違っているのではないかということです。

>忘れられないこと

つまり記憶はどうにかできるものなのでしょうか。この記憶は要るけどこの記憶は要らないとコントロールできるものではありません。

では、感情はどうでしょうか?記憶には様々な感情が付随して湧き上がってきます。

>この悲しみの正体はなんでしょうか…とても知りたくて…

というあなたのそれです。それは悲しいという事が事実です。その事実は何か問題があるのでしょうか。問題は問題をつくるところに成り立ちます。前提として「こうあるべき」「こうあってほしい」と構えるところに、そうはならない現実が起きてくるから問題となるのです。この時、何が問題かというとそれは現実ではなく前提の方なのです。

悲しいというのは自然の感情でしょう?好きだった彼と悲しい形でお別れしたのですから。

ところで突然ですが、あなたはイチゴのショートケーキが好きだとします。するとモンブランを食べた時よりも、チョコレートケーキを食べた時よりもイチゴのショートケーキを食べた時は特別に大きな喜びの感情が湧いてくるでしょう。

さて、その感情は何か問題があるでしょうか?その感情の正体を確かめたいと思うでしょうか?

そうは思わないでしょう?だって好きなのですから、とても自然な反応でしょう。全ては自然の法則です。

このように起こってくることは自然の反応なのです。そこには何の問題もないのです。むしろその反応を自分の都合(前提)に合うか合わないかで問題視する私たちの方こそが問題なのです。

仏陀の言葉というのはそういう私たちにその事実を知らせる真理のことばです。真理ですから正しいです。私たちは愛しようが憎しもうが苦しみます。そこには執着があるからです。

仏道にはその言葉通りに実践するものと、その言葉から問われながら現実を生きるものもあります。それは各々の選びです。

あなたがこれから仏陀の教えや今回のことに学びながら充実した人生を歩むことを念じます。

6日前

綺麗な花もいつかは枯れる

綺麗な花もいつかは枯れて誰も見向きもされなります
しかし枯れたシワシワの花の中には
また次に咲かせる為の花の種を沢山持って眠り
また次の年には沢山の花を咲かせます

仏教でいう愛は
愛欲を指します
そこで説かれた愛とは
執着そのものです

彼を思い貴方は彼の幸せを100パーセント念じているわけではない

自分を向いて欲しい
自分を愛して欲しい
寂しい
辛い
忘れられない
これらの思いとは
自分勝手な望み

執着の愛と真実の愛は
混同されやすくなってますが
執着の愛と
分け隔てない無償の愛とは
別物ではなく
背中合わせにあるものです

今のリサリサさんの彼への愛は
執着とお見受けしました
苦しまれているのが何よりの証拠

悲しいけれど
彼にはリサリサさんの無償の愛が届かなかった
裏切られた事で
貴女の無償の愛は
孤独、絶望、そういった執着に変わってしまった
この思いに振り回される限り
貴女の悩みは尽きる事ないのです

愛は美しい
ところがどんな綺麗な愛も突然己中心の愛欲に一変するものだから己の心をよく観察される事が恋愛においても大事です

決して彼との関係の可能性がゼロになったとかという話では無く

自分の中の愛が形を変えて執着となりリサリサさんは今苦しまれているという事です

世は無常
どんなものも変化し続けるのがこの世の決まりですから
愛にしがみつかない事が大事だと
こう仏教では説いてくれてます

またきっと綺麗な花が咲きますから
今は時が解決してくれるのを待ちましょう

合掌

6日前

質問者からの有り難し - お礼

吉武先生、丸山先生、

ご回答ありがとうございます。
おっしゃる通りですね…過去は変えられない、その中から生じたものはとくに意味はなく、自分を苦しめて、自分の首を締め付ける必要もありません。

彼に対する気持ちは…そうですね……絶望と悲しみになっています。
今は「なるほど」と少し分かってきますが、すぐに立ち直れるかと言ったら……たぶん少しだけ時間がかかるでしょう。

もっと自分の気持ちを考えて、自分を愛したいです。

いろいろ教えてくださいまして、本当にありがとうございます!
いくつか眠れない夜が続きまして、疲れてしまって…今夜は、ぐっすり眠れそうです。

本当にありがとうございます!!

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