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追善供養とは

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有り難し有り難し 22

お坊さんがお金儲けをするための口実なのですか?
なぜこのような愚かな考えに到ったのかといえば、仏のような人が実際にいらっしゃるのなら全ての人を等しく救ってあげるからです。

2019年6月9日 10:42

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

そのとおりです!

失礼します。

おっしゃる通り、仏様は全てを救ってくれます。
そしてその仏様というのはシャカという元・人間であって、
そして私たちのご先祖様みんなもシャカと同じ仏様になっていて、
私たちを見守っています。

あれ?とお思いでしょうか、どうでしょうか。

ご先祖様が「仏様」になっているのなら、何で定期的に冥福をお祈りするのか、と。
1周忌とか3回忌とか果ては100回忌とか。

これは「追善供養」といって、仏様に感謝を申し上げるのが大筋で正解なんです。

「ありがとう、おじいちゃんおばあちゃん」です。
いつも見守ってくれて…でもいいですし、
あなた方の一挙手一投足のおかげで、
私が今存在出来ています…でもいいです。

そして自分が仏様の身になったとしたら
「毎回こうやって集まってくれてありがとうなぁ」と思うと思いませんか?
こちら側が、手を合わせてる時、仏様もこちらに向かって手を合わせてくれています。

その「お互い様」な状態が供養ですね。

この供養を真摯に行うことで、心が落ち着いたり自分自身を見直したりも出来ます。
供養は亡くなった方だけに効能があるんじゃなくって、生きている我々自身にも向けて行なっています。

1時間の追善供養を毎日するのは大抵不可能なので、年を空けて定期的に行うといったイメージです。

あと、檀家さんみなさんのお布施、元来お寺の維持に使います。
(古い寺だと瓦変えるだけでトンデモないお金が…涙)
お寺はお檀家さんたちの互助会でやりくりしているので、
諸行無常とはいえ、お寺のお金がなくなると、位牌堂に安位されている
江戸時代からのご先祖様たちが路頭に迷ってしまいます。

そして、私たち僧侶はお寺(仏様)に仕える身なので、そのから毎月お給金を頂いて生活します。
世の中には、そのお給金釣り上げて高級車とか乗り回したりしている人もいるので、
そう写るであろうことはよく分かります。ホント良くない。良くない!

2019年6月10日 20:11
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有り難し
おきもち

紆余曲折の果てに出家しました。 現在は7年ほどの修行期間を経て 京都府...

日々の生活の中で

拝読させて頂きました。
私は毎日朝起きて掃除をして本堂にてお勤めさせて頂きます。その際には仏様のご供養もさせて頂き、沢山のご先祖様のご供養もさせて頂きます。また様々な形でお亡くなりになられた方々のご供養をさせて頂きます。そしてその後お墓参りします。

そして一日が始まります。

そして寝る前に手を合わせて仏様やご先祖様方やあまたの霊位をご供養させて頂きます。
合間に寝ている時にもどなたか訪れる方がいらっしゃいますから心を込めてご供養させて頂きます。
そのように様々なご縁ある方々有縁無縁の方々を心を込めてご供養させて頂きます。

そのような関係性の中で私達は日々生きていますし、私達が天寿を全うする時には彼岸に参らせて頂きたいと思います。

2019年6月10日 16:24
{{count}}
有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして8年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

「供養全般」問答一覧

結婚後の父母の供養

いつもお世話になっております。 こんな歳になって私が結婚をすることになり(同居で義父の介護のお手伝いをするため)、お墓と仏壇を、遠方の兄に託す事になりました。 兄は、お墓の祖父母と父を恨んでおり、直ぐにお墓と仏壇を終わりにして、その後の供養もしないそうです。 父は生前、お酒の依存で暴力が酷く働かず、貧乏だった事を、兄は未だに許せずにいます。そんなお墓をそのままに亡くなった母をも許せないらしく、納骨もできずにいます。 お寺さんにも相談しましたが、「貴方(私)は、嫁ぎ先のご先祖を大事にしなさい。こちらの事は全て置いて出なさい。写真に手を合わせるだけで十分です。」と私の立場を気遣ってくださいました。 そうは言っても、母はまだ一周忌が終わったばかり。母と私は、父の暴力に怯えながら、互いを置いて出ることもできずに、ずっと一緒に生きてきました。母に執着しているのかもしれませんが、この先、何もしてあげられないのが悲しくて辛いです。今はまだ一人なので、写真にお供えとお線香で手を合わせています。 先日、久しぶりに菩提寺の本山の奥の院へお参りしてきました。そこで写経セットが目にとまり頂いて帰りました。作法やお経の意味を調べつつ、母の写真の前で写経をし、心を込めて無心になれたようなスッキリした気分に恵まれました。 命日に奥の院へ納経し、御首題帳を頂いて母の写真に供えました。 仕事が朝方終わることもあり、車を使えば朝のお勤めにも間に合うようなので、次回は朝お参りにもと思っています。 こういった事でも、父や母の供養にはなるのでしょうか? 祖父母は弔い明けをしていますが、父は次が三十三回忌です。兄に託しておきながら、私がお年忌をするのも兄の顔を潰すようで申し訳なく思います。 それでもお年忌はお願いした方がよいでしょうか? 宜しくお願い申し上げます。 それから、、 前回の私の質問の直ぐ後に、他の方への回答で「恩返し」ではなく、「恩に報いる」生き方をと、お坊様がおっしゃっていました。私、質問で何度も恩返しと、、。顔から火が出ましたが、とてもためになりました。他の方への御言葉もいつも拝読して、私にとって、沢山の気づきがあり感謝しております。 いつも長くなり申し訳ありません。

有り難し有り難し 26
回答数回答 1

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