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悔しさや怒りを忘れるには?

回答数回答 1
有り難し有り難し 16

あまり詳しくは書けませんが、正直者がすべての悪者にさせられた、その悔しさ、怒りがなかなか忘れられません。

自分にも非があった、だからそれは認め、謝罪しました。でもこちらにも言い分があり、また他にも数人が関係していたのに、その数人は知らんぷりをしたので、結局相手の怒りをすべて私が受け止める形になってしまい、かなりひどい言葉を浴びせられました。

人が信じられなくなりました。そして、早く忘れたいのに、ふとした時に悔しさや怒りが込み上げます。心にそんなものを抱えていたら、楽しくないし、早く捨ててしまいたいのに、もう一人の自分が、どうしてもその感情を手放せないでいます。結局、解決の仕方に今でも納得していないんだと思います。

どうしたら、この苦しみから抜け出せるのでしょうか。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

社会的悪なら泣き寝入りしない方が

そんな連中をのさばられていては次々に被害者が出て、多くの人が泣くことが明白なら、糾弾しその連中の悪を明らかにすべきだ、という考えがあります。これは理にかなっている面があります。

これに対して、どういってみても仕方ない状況なのでしたらさっさと忘れるのが得策ですね。ただ忘れるといっても、教訓だけはしっかり自分の中に持つ必要はあるでしょう。

ところで私の回答をご覧になると、ある夫婦に酷い目にあわされたと何度も書いています。旦那、つまり住職は私の件以外にもたくさん問題を起こしています。その男の妻、つまり住職の妻はウソとカネをよこせ、都合が悪い時は忘れた、この三つしか言いません。妻によると、あの人(住職)がそんな人だと檀家さんも息子さんたちもよく知っていて、そのうえでそのように付き合っているんです」ということらしいです。妻の方も同様なんでしょう。だいたい住職が寺の世界に入った理由も曰く因縁付きのものであるようです。

そんな人間はそんな人間です。そしてあなたもたぶんそうお思いでしょうが、そんな人間が集まって、そんな連中を形成します。面白いものです。そしてそんな連中が世の中から消えてなくなることはありません。

だから、そのうえでそのようにそんな連中と付き合うしか方法がない(つまり関わらない)ものと思います。怒るだけ無駄で、相手が改心することはありません。何十年もかけて作り上げられた性向が変わるはずがないからです。

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有り難し
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質問者からのお礼

藤岡様、私の心に共感していただき、それだけで心がスーッとしました。
今となっては、もうどうしようもないことなので悔しいですが、一つよかったのは、相手に原因があったのにこちらから頭を下げたときに暴言を吐いてきた相手との縁を、スッパリ切ることができたことです。
そして、私は頭を下げるべきことにはちゃんと下げたんだ、と後ろめたいことなどない、ということです。
藤岡様がおっしゃるように、教訓を得たとするなら、今後同じようなことがあったら、自分の非は認めても他人のしたことまで謝るようなことは二度としない、ということです。
悔しさ、怒りが心にうずまいて苦しかったですが、もう捨てようと思います。住職様のお言葉が心に沁みました。本当にありがとうございました。

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