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不安に弱い自分を変えたい

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有り難し有り難し 9

わたしは環境の変化やちょっとした不安に対しても、とても未来を悲観してしまったり恐怖でどうしたらよいのかわからなくなってしまうことがあります。実際には想像したほどのことは起きなかったり、結果うまくいくということが多く、後から考えればなぜあんなに自分の中で大騒ぎしていたのだろうと感じてしまいますが、その時は本当に必死でパニックに近い状態になってしまいます。
もともと楽観的で、何とかなる、嫌ならやめればいいと感じてこのような悩みはなかったのですが、子どもを出産してからは責任感のようなものを強く感じてしまったのか、もし〜になったら、という思考癖がついてしまい大変苦しく感じています。
このような状況から抜け出す方法を教えてください。
いまは2人目出産前で環境の変化や出産の恐怖、今後の子育てにと不安に襲われています。

2019年7月30日 14:06

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人生を思い通りにする為に。

質問を拝見致しました。

以前は楽観的だったとの事、出産を経験した事で、自分のことだけでなく、様々に責任を感じてしまい、先々何事もないように、というところから、大変苦しく感じるとの事ですが、ご自分でも経験されたように、思ったほど悪くならなかった事がある、ということは、自分の思い通りに(いい意味で)ならない事がある、ということにもなります。
考えてみれば、自分の思い通りにならないから腹を立てたり、思い通りにならないから不安になったりもします。

物事を悪い方へ悪い方へと考えて思い悩む人は、悪い方に進むんじゃないかなぁと不安になり、結果がその通りになった時、(ほーら、やっぱりダメだった‼️)ということになりますが、これは自分の思い通りになっていることになります。
結果を悪く考えるのか、良い方へ考えるのか、自分の思考の癖を変えていけば、落ち込まなくてもいいようになります。

自分の思考を良い方へ変えていくために、やって頂きたい事があります。

それは、「よかった探し」 です。

やり方は、1日の終わりに今日あった出来事の中で10個、よかったことを探してノートに書いていく事です。
そして文章の最後に必ず、「ありがとうこざいます。」と書いて下さい。
内容は何でもいいのです。
例えば、「朝起きたら、いい天気で気持ちが良かった。ありがとうございます。」
そして、「今日は仕事でミスをしてしまった。先輩にかなり叱られたけど、それは自分にとって、必要なことだったし、これから気をつけようと思う、いいきっかけになった。ありがとうこざいます」
という感じで、どんな出来事でも感謝することをし続けていくと、次第に自分の脳が、良いことを探し出す癖がつくので、ネガティブな自分を変えたいなら、かなりオススメの方法です。
やり始めたらまず3日間やってみて、続けられそうなら今度は3週間、それもやれたら今度は3ヶ月、と毎日続けていくことで、次第に落ち込まなくなっていきます。
自分もやってみたことなので、間違いありません。
要は、自分がやるかやらないか、ですから、本当に自分を変えたいと思うならば、是非、挑戦してみて下さい。

2019年7月31日 14:05
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有り難し
おきもち

宮城県仙台市宮城野区福室にある、小さな家を直して、小さいお寺にしました...

「変わりたい・自分を変えたい」問答一覧

定職に就いて自立した生活を送りたいです。

大学を卒業してから 神職の資格を取得するために神道の学校に行ったんですが、授業のレベルの高さと人間関係に苦しんでしまい、それから一年ぐらい家に閉じ籠ってしまいました。 親と相談してその学校を退学することになったので、就職活動をしていこうと心に決意しました。社会経験がない自分がいきなり就職活動をしていくのは難しいと思い、バイトでスキルをある程度身につけてから正規雇用で働ける仕事を探していこうと思ったのですが、受けに行ったバイトの面接で落とされました。一つだけでなく、もう十箇所以上にもなります。全て落ちてしまうので、自分の人格そのものを否定されているのではないかと思った私は「働こうと思っていてもどうせ社会が自分を必要としてくれないだろう」と悲観的になってまた部屋で引きこもりニート同然の生活を送るようになりました。もう既に25歳になった私もこんな状況から抜け出したいと思い、バイトの面接を受けに行ったのですが、そこでも落とされました。定職どころかバイトにすら就けないと思うと私はこれから先どうやって生きていけばいいのかと毎日毎日が絶望的でしかありません。一日でもこんな状況を変えたいのですが、どのようにしていけばいいのでしょうか?

有り難し有り難し 13
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人に親切にするのが怖いです。

こんにちは。読んでくださってありがとうございます。 私は昔から、人に親切にすると、ひたすら面倒が見の良い為に、人に依存されること、なにかと言いがかりを付けられる事が多いです。 生来の世話好きと、相手の気づいていない場所を指摘するためか、良かれと思ってやればやるほど、相手を惨めにしてしまうようです。 私自身も、喜んでくれる人をついつい世話をしてしまう依存的な性格故に、この数年、人に差し伸べる手を引っ込めて、親しい人以外との距離を置いていました。 その代わり、相手が気づかないように何かをしたり、まだ起こっていないトラブルを事前に備えたりしていました。 最近では「なんでそんな事をするのか」と聞かれることでそれにも疲れ、頼まれた事だけをしていました。 しかし最近、とある方から 「普通の人はそうやって、見えないように親切にするんじゃなくて、目の前の人に手を差し伸べる事で親切にしてるんだよ。普通は気に入らなくても差し出され親切は受け取って、それを縁と呼ぶんだよ」と言われ、 ある一日、思い切って、何かの行動を起こす前に「よかったらやりましょうか?」と、声を掛けてみました。 それで感謝も頂いたのですが、何故かその後、血の気が引いて、顔が強張り、手が震えて呼吸が浅くなってきました。 どうやら私は、人に真っ向から親切にすることが怖いようです。原因は良く分かりません。 幼い頃に良かれと思って言ったことが間違っていて嘘つき呼ばわりされた事か、親身に接した人に同じ感情を常に持つように圧力を掛けられた事か。 このままでは、親切にしてもしなくても、嫌々で人を助ける人みたいです。 人と縁を結ぶどころか、益々孤立して行きそうです。 そもそも、誰かを助けるということはそれで失敗した時に、相手の責任を負うくらいの覚悟が必要なのでしょうか。 親切に対する恐怖は、慣れれば克服できるものでしょうか。

有り難し有り難し 1
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黙り達者になりたい

こんにちは。毎度お世話になっております。 今回の質問の内容ですが、話し上手でも聞き上手でもなく黙り上手、つまり黙り達者になりたいというものです。 そう思い至った経緯についてですが、そもそも私はお喋り、雑談の類が苦手で、気心知れた友人とはくだらない話もしますが、基本的に口数は人よりも少ないです。 昨今よく言われるコミュ障という奴です。なのでコミュ力の高い人たちが楽しそうに会話をしている様を「羨ましいな」と思い側から眺めていました。   どうして自分はあんな風に上手に人と関わりあえないのだろう、どうして自分は面白い話の一つもできないのだろうとずっと思っていました。勝手に疎外感さえ感じていました。 しかし以前hasunohaで質問をした際に頂いた「視点を変える」という考え方をきっかけに、話下手という自分のコンプレックスの見え方が変わってきました。 別に無理して話さなくても良いのではないだろうか。別に会話が続かなくても良いのではないか。会話が途切れた瞬間に死ぬ訳でもないし。 そもそも自分が欠点と思っていた話下手は欠点ではなく、見方を変えれば(大分無理やりですが)黙ってるのが得意という風にも捉えられるのではないか。 口達者がいるなら黙り達者という人種がいたっていいのではないか… 自分に合った生き方をすれば良いじゃないかと思い、そうして自分なりのコミュニケーション方法を模索してみようと思い至りました。 初めは聞き上手になろうとも思ったのですが自分は愛嬌愛想に乏しく、巧みに相槌や質問を駆使して相手からどんどん話題を引き出していくというのは話し上手よりもパワフルでハードルが高い感じがし、結果黙り達者という造語に辿り着きました。 基本的には黙っていたいのです。しかしただ黙っているだけでは目の前の相手は不快なだけですし、それでは黙り達者の名が廃ります。 黙り達者を目指す者としては、相手には気持ちよく喋ってもらい、時には互いに沈黙の時間すら心地よく過ごしたいのです。 結局は聞き上手の技術も必要にはなるのですが、相手に不快感を与えずに物静かにしておくにはどうすれば良いでしょうか。取り敢えずは肩の力を抜いて微笑みながら人と接していこうと思っています。

有り難し有り難し 10
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心配症すぎる自分を変えたいです。

自分を変えたいです。 乱文・長文になるとは思いますが、お読みいただければ幸いです。 つい先日、友人との会話をきっかけに、半年以上前にあった出来事を突然思い出しました。 それまでは全く気にしていなかったのですが、その日を境に、そのことが私の頭の中を支配しています。 内容を詳しく話せず大変申し訳ないのですが…自分的にはものすごく恥ずかしく、自分を大嫌いになるようなものでした。 居ても立ってもいられなくなり、すぐに家族に相談しました。 内容を詳しく話したら、家族は「え、それがどうしたの?」「何を悩んでいるのか分からない」「悩む時間がもったいないくらいだ」と言ってくれました。 私は昔から心配症すぎる質で、何事も最悪の状態になったときのことを考えてしまい、そのたびに苦しんできました。 そんな私の性格を誰よりも理解してくれる家族なので、それらの言葉を聞いてすごく安心しました。 ですが、それからまたしばらくすると、自分の頭の中で最悪の状態になったときのことを考えてしまい、恐怖と苦しみに支配されてしまうのです。 家族が言うには、この半年間何もなかったのに、これから先、私が考える最悪の状態になることはまずありえないし、もし万が一、その状態になったとしても「絶対に大丈夫」らしいです。 そこまで言ってもらっているのにも関わらず、いつまでも最悪の状態が起こる可能性を考えてしまう自分が大嫌いです。 問題に直接働きかけて解決することがほぼ無理な内容なので、これから幸せに生きていくためには私がそのことを忘れるしかないのは頭では分かっているつもりです。 実際、そのことを思い出すまでは私自身全く何も気にせず生きてこれましたし、そもそも現時点では何にも起こっていないのです。 なのに、私は未だに過去の自分をひどく後悔し、未来を必要以上に恐れてしまいます。 「大したことない」と考えられるときもあります。でも少しすると、まるで忘れるのを自分で拒否しているかのように思い出してしまうのです。 これ以上、家族に心配や迷惑をかけたくないので、出来るだけその話をしないように、無理やりにでも明るく振る舞おうと心がけていますが、後悔と恐怖心にすぐ負けそうになる自分がいます。 こんな自分を変えたいです。 内容を詳しく話せず大変申し訳ないのですが、宜しければご意見をお聞かせください。

有り難し有り難し 5
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