誤解されて怒られました回答受付中
よろしくお願いいたします。
音楽の習い事で先生に怒られました。
私が会場(レンタルスタジオ)に出向いたとき
全く関係ない他の利用者さんのかなりひどい音が聞こえていました。
先生に「あの音は先生かと思いました」と挨拶がてらお伝えすると
先生「あんなの違いますよ!(何か色々・・聞き取れず)失礼な!!!」
私「(わざと変な音を出す)練習かと思っ・・・」
先生「僕ならもっと上手な音がだせます!!!」
私「それは失礼いたしました」
その後のレッスンはいつも通り、笑いまででました。
実はあえて変な音を出す練習方法があり、その日もそのレッスンをしました。
私としては、先生は「変な音」も長く出し続けられてすごいなと思ったのですが。
プライドを傷つけてしまいました。
その後も1回レッスンがありましたが、いつもと変わりませんでした。
ただし、私は自宅で練習しようとすると動悸がして、常に頭が締め付けられる感じがしています。
生徒が男性だったり言い返す女性ならあれほど怒りをむき出しにしないのだろうな、先生は私との関係性が壊れてもかまわないから怒ったのだろうな等と考えすぎてしまいます。今更誤解ですとお伝えするのも気が引けます。
レッスン自体は質が良く、辞める気はありません。
先生の人生を賭けた宝物を貶してしまった自責の念と、他方でそこまで怒られなくてもいいよねという思いとで辛いです。
なんとか心を穏やかにしたいのですが、どうしたらよろしいでしょうか。
お坊さんからの回答 3件
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多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
先生も内心は変な音(なんだあの音は)と思っていたから全力拒否
先生も内心は変な音(なんだあの音は⁈)と思っていたのだと思いますよ。だから、あなたの言葉に、(やめてよ〜私じゃないよ)と全力で否定されたのでしょう。怒ったというよりも、違う違うと全力拒否みたいな…
ただ、あなたは、先生の言葉にビックリされただろうし、申し訳ない怒らせたと、気が引けたのですよね。
気にすることはないですよ。誤解が解けたのですからね。いつものように、先生も接してくださっているでしょ。何の問題もありません。先生のように、笑い飛ばしましょうね。
自分自身を点検して信頼する
作家の遠藤周作さんは「眠っていると、昔しでかした恥ずかしい間違いがふとよみがえって、あーっと声を上げて飛び上がりたくなることがある。そういう人こそ、私の友だ。そういう覚えのない人とは付き合うに足らない」とエッセイに書かれています。人生の経験を積めば、人間関係の食い違いをふくめたしくじりはたくさん経験するものですし、それが後々まで気にかかるのが人間の本性であるということでしょう。
過ぎたことを気にしすぎるのは、本人がいちばん苦しく、周囲にもその雰囲気が伝わって変に気を遣わせることがしばしばあります。ですが、何も気にしないというのは、一面で自分本位に過ぎて、周りに目が全く向いていないということでもあります。人間関係で何か食い違いがあった時に、相手の気持ちを思い遣ることは人生の経験を積んだ人として当然のことですし、大切なことです。
しかし、それが行き過ぎて「ああだったろう、こうだったろう、そうだったにちがいない」と、実際にはあるかないか分からない悪いイメージを相手に膨らませてしまうのは、実は何も気にしない人と同じ自分本位の落とし穴に落ちているようなものです。
これから同じような食い違いが生まれないように、相手に悪いイメージ付けをしないように、おりにふれて自省自問し、「うん、よしよし今はだいじょうぶ」と自分自身を点検し信頼することで、心の落ち着きが得られるように思います。
伝えられないモヤモヤはストレスにもなる
ドンタコス様
はじめまして
よろしくお願いいたします。
この度はピアノのレッスンで、先生から誤解をされたように感じて、更に言い方がキツく傷つかれたのですね。
そのせいで、動悸や頭痛まで起きてしまわれたのですね。
それは怖かったり、傷ついても当然のことだなと思いました。本当に辛かったですね。
ドンタコスさんは先生を立てるために主張せず、最後まで言いたいことを言わないで穏便に済ませたのかな?と思いました。ある意味、大人の対応です。
先生との会話を拝見して、これは
「交叉的交流」かな?と思いました。
詳しくお伝えしますと、
メッセージに対して、期待とは異なる、または的外れな反応が返ってくる状態を指します。
これは、相手の意図を汲み取れていない。または、意図的に無視している状態とも言え、人間関係における葛藤やトラブルの原因になるものです。
先生が「違いますよ。なぜ、そう思われたのですか?」と訊いて、
ドンタコスさんが「はい、変な音を出す練習もあるから。そうかな?と思ったんです」
こんな会話が成立していたら、誤解にならなかった可能性が高いです。
ですので、ドンタコスさんはご自分のことを責める必要がないということが分かります。
ただ、今後。こういった会話や人間関係のトラブルを避けるために
「アサーション」などを学ぶことも一つの手です。
ドラえもんのしずかちゃんのように爽やかに主張をするコミュニケーションです。
ジャイアンは時に攻撃的。
のび太は自分を抑え過ぎ。
相手を思いやりながら、言いたいことは伝える。
自分を大切にするコミュニケーションとも言えますね。
アサーションの本はたくさんあります。努力家で向上心のあるドンタコスさんには向いていると思います。
もし、動悸や頭痛が改善しないなら、早目に医療機関へご相談くださいね。
これからも楽しいピアノレッスンになることを念じています。
質問者からのお礼
早速回答してくださりありがとうございます。
私の気持ちを汲んでくださったり、気づきを与えてくださりありがとうございます。
覆面僧侶・きみー 様
「交叉的交流」という言葉は存じませんでしたが、そのようなことを考えてもいました。私ならば「ショックだけれどなぜそう思ったのですか?」と聞くかもなあと。けれど先生と同じように怒るかなあとも。ここ10日ほど無限ループに嵌っていました。アサーションができていたら軽く済んでいた話だったかもしれませんね。
爽やかな自己主張を練習してみます。ありがとうございました。
中田 三恵 様
言葉足らずで申し訳ありません。誤解は解けていませんが、その後いつも通り冗談を言い合ってレッスンに支障はなかったということです。おっしゃる通り先生は全力拒否された(だけ)なのでしょうね。私はショックを受けすぎてしまったのですが、他の方なら「まあしかたないか」で済んだかもしれません。嫌な感情を自分で増幅させず引きずらないようにしたいと思います。ありがとうございました。
百目鬼洋一 様
すぐにはおっしゃる意味が分からず幾度も読み返しました。自分本位ということが私にとってのキーワードかと。確かに一人で妄想して、更に悪いイメージをふくらませ相手に貼り付けていました。そのことで先生との対話はしていませんでした。
この件にかぎらず私はそうする傾向があります。自分本位で暴走していないか自省自問をするという発想がありませんでした。自分自身を点検する習慣付けをしてみようと思います。ありがとうございました。