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宗派の選択

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宗教は自分の考えで選ぶ事が出来るのでしょうか?
ある人から創価学会への入信を勧められています。

私の実家は禅宗です。違う宗派の家に嫁ぎましたが離婚しました。
この場合、実家の宗派に戻るのか?新しく自分で選ぶのか?判りません。その家に伝わる宗教は先祖と自分を繋ぐ絆のような気がするので新たに自分の代から変えるのは不安です。

自分で抱えきれないような悩みがある時,人はどうして乗り越えていくのでしょうか?


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

選びきれなくて当然です

>宗教は自分の考えで選ぶ事が出来るのでしょうか?
宗教とは読んで字の如し、宗(むね)とする教えです。選ぶ選ばない以前に、popoさんが好きな教え、納得した教えが宗教ではないでしょうか。

>その家に伝わる宗教は先祖と自分を繋ぐ絆のような気がするので新たに自分の代から変えるのは不安です。
popoさんにとって宗教が「ご先祖様と自分を繋ぐもの」であるなら当然の気持ちです。日本で生まれ育った方が、(たとえば)ブラジルを終の棲家とすると決心した時に、同じように感じると思います。ブラジルも日本も同じ地球。禅宗も他宗も同じ仏教!そう思えれば良いのですが、そうでなければ納得できるまでは時間がかかるかもしれませんね。
日本にはたくさんの宗派があり、それら全てを学んで、自分で選び取ったという人はマレです。選びきれなくて当然です。ですから、なんとなくいいな、と思ったり、実家と同じだから、という考えで決して間違いではありません。仏教ではそれを縁といいます。願わくは、popoさんの選ぶものが、他の教えを非難したり、中傷するものでなければいいなと思います。
大勢の人が批判する、いわゆる新興宗教、カルト宗教には、そう言われるだけの理由がありますので、くれぐれも慎重になさってください。

>自分で抱えきれないような悩みがある時,人はどうして乗り越えていくのでしょうか?
一人で持てない重い荷物を持つとき、私たちは大抵、誰かにお願いして手伝ってもらいます。悩みも同じで誰かに話したり、仏さまにお願いしたりするのではないでしょうか。
乗り越えようなどと肩肘張らず、まずは目の前の壁の高さをどなたかに相談されてください。

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住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

自分で、個人で選ぶべきものです。

近所の高校時代から通っている、とある喫茶店。
マスターが何千枚とあるレコードの中からアツい曲をかけてくれました。
最近マスターが亡くなって、奥さんが始めたというので行ってみたのです。
マスターの思い出話をしたら、いつの間にか、創価学会、既成仏教批判などを30分間拝聴するハメに(-_-;)ショエー 
ですが☆美味しいコーヒーは国境宗教宗派関係なく、誰にとってもうまい☆
亡くなったマスターも「彼は私が入信させたの」と豪語。
ですが、それほど熱心ではなかった?ようでマスターは静かにお勧めの曲をかけるだけで、お願いすれば私の好きな曲もかけてくれましたし一度も私に自分の宗教の勧誘、おしつけをしたことはありませんでした。
つまり☆名曲は国境や宗教宗派の隔てなく誰の心をも打つ☆
私はそんなことを思い出しながら、まるで正反対の営業そっちのけで客をつかまえて布教熱心なママさんに
「蕎麦で満足している人に無理にラーメンを勧めなくてもいいですよ」と言いたかったですが、彼女も一懸命なのだと思って黙って聞いていました。
❝人間は肩書きやラベルで隔てを持つ が 名画や名曲は万人の心を潤す❞
この道理が分かることが、小さな区分け、隔てを超えた本当の仏教、宗教になります。
日本のあらゆる仏教、仏教系のあらゆる新興宗教、そのおおもとはお釈迦様でしょう。
世の中にはいろんな宗教があり、ラーメンにも塩、味噌、醤油、とんこつ、いろいろある。
絶対に「これ」じゃなきゃダメということはありませんし、自分で味を見極めるべき事なのです。好みばかりではなく、誠実にいいものを提供してくれるかどうか。
そもそもコンビニやスーパーは宗教宗派隔てなく誰でも入れる度量があります。
本当の仏教、本当の宗教とは、そういう分け隔てのないあり方です。
それが宗教云々の前に物事の根本ということではないのでしょうか。
偏り、隔てのない物事の根本、本質をこそ、本来、宗教というのではないでしょうか。
お悩み事は、何時でもこちらhasunohaにお寄せください。

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

2つ、考えました

popoさま
なごみ庵の浦上哲也です。
お姉さまのご様子は、その後いかがでしょうか。
今回はご自身が何を信ずれば良いのかについてのご質問ですね。

実は「お礼」を拝見して、この回答を書かせて頂いています。
仰る通り、村に1軒しかお寺がなく、村人は皆その寺の檀家、というのであれば悩まなくて済みましたね。

popoさんは宗教=仏壇=先祖というお考えをお持ちとのこと。
仏教に限らず、宗教は本来生きている人のためのものです。
しかし日本は、というか儒教の文化圏では親や先祖を非常に重んじるため、仏教は先祖供養の手段と捉えられてきました。
それが間違っているとか正しいとかいうことではなく、実際に日本では一般の方にそう認識されている、ということで、popoさんもそういった思いが強いのではないでしょうか。

ひとつの方法として、ご実家が禅宗で、離婚されており、さらに先祖を大切にしたいと思っているのでしたら、実家と同じ宗派を選ぶのも良いのではないでしょうか。ご縁のあるお寺とお付き合いをし、お寺の行事などに参加し、ご住職のお話しを聞いてみてはいかがですか。

もうひとつの方法としては、家としてのお付き合いはA宗のお寺だが、自分個人はB宗に心魅かれる、というスタンスです。
仏教に多くの宗派があるのは、お釈迦さまの教えが非常に幅広く、また相手の能力気質に応じて教えを説かれたことに由来します。目指すところは同じでも、人によって最適な方法があるということです。
色々な教えに触れてみて、これは! という教えを選ぶのもよいでしょう。

家の教えと魅かれる教えが違っていいのか? と思われますか?
大丈夫、仏さまはそんなことで怒ったり罰をあてたりはなさいませんから。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

私も御礼のお言葉を読み書かせていただきます

開運寺 秋山現信です。
とても純粋なお気持ちと拝察いたしました。
法律論で言えば信教の自由。
しかしながら、法律でかたづけられないのが仏教です。
禅宗とのお話でしたが、現実に禅宗という宗派はありません。そこから細分化され、大きく分けて も多々あります。自分にとって また ご先祖にとって 親御さんにとって一番最善の道を模索されては如何でしょうか?幸いにしてこのHASUNOHAにはたくさんの宗派の方々が、垣根を越えてがんばっておられます。
私にこれは、信念ですが、人をけなしたり、それをしたら不幸になる との教えは 避けて方がよろしいのでしょうか?仏教の原点は、今生きている方々の幸せを願うためにお釈迦様が説かれたものです。

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3月11日の突然起こった東日本大震災。私の住む茨城県水戸市も大きな被害を受...

「信教の自由」と「宗派のこと」につきまして

popo様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は、引用ばかりにて誠に申し訳ございませんが・・

問い「祖母のお骨についてアドバイスお願いします。」( http://hasunoha.jp/questions/174 )・問い「宗派は変えれますか?」( http://hasunoha.jp/questions/266 )にて、「信教の自由」を扱いまして、基本的に憲法にても信教の自由は保障されており、個々人がどのような信仰を持っても、また持っていなくても自由であり、もちろん強制したりすることは許されませんし、個々人の思想・良心(信条)を尊重しなくてはいけないのですが、家族や親族、これまでの代々のご先祖様から受け継ぎ守ってきた思想・信仰・信条も尊重しなければならないこともあり、安易に無視せずに、そこは十分に配慮した上にて、後々の揉め事や遺恨に繋がらないように話し合いによる理解を通じての円満な解決を目指す必要もあるかとは存じます。

沢山の宗派があることにつきましては、問い「宗派を間違えてしまって」( http://hasunoha.jp/questions/144 )にて「様々な宗旨宗派がありますが、仏教の目的は、基本的には涅槃・悟りを目指すということに変わりはないものの、釈尊の対機説法・善巧方便に関して、釈尊入滅後、数百年後から始まった仏典編纂の過程において、関わった者による様々な思想・解釈も通じて、涅槃・悟りへ向けた道程についての手段・方法のあり方が色々と出てくることになっていったものであると考えられます。」として簡単に述べさせて頂いております。

更には、問い「なぜか一つに決められないんですが・・・・」( http://hasunoha.jp/questions/303 )・問い「宗派の特徴を一言で」( http://hasunoha.jp/questions/237 )における拙回答、皆様のご回答も少しく参考となるのではないかと存じます。

誠に仏教は悩み苦しみを乗り越えていくための教えでございます。是非、これからも学びを少しずつでも進めて頂ければ有り難くに存じます。問い「宗派にとらわれない仏教思想の学び方について」( http://hasunoha.jp/questions/233 )もご参照下さいませ。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

宗派の選択を安易に考えるのは出来ません。
宗教=仏壇=先祖と考えます。同じ家に複数の仏壇は考えられません。
入信後に私の考えが変わったら,まるでクラブ活動のように退会できるのでしょうか?
それは仏様に失礼な事(罪)になりませんか?
禅宗も他宗も同じ仏教....であるとするなら何故沢山の宗派があるのでしょう?
選択の余地が無い時代には与えられたものを純粋に信仰することが出来たのでしょうが。

「仏教宗派について」問答一覧

葬儀で宗派を選ばせて頂いたのですが

お坊様方には大変失礼な相談になってしまうと思います、 申し訳ございません。 2月に母が亡くなりました。 葬儀の打ち合わせで宗派を聞かれたのですが、わからず。 遠方に唯一の父方の叔父がいるのですが、闘病中で確認取れず。 以前両親が元気だった頃に聞いたことがあったのですが、 2人とも「わからない」との事で、そのままにしてしまいました。 メモリアルパークに両親がお墓を用意していたので 電話して聞いたのですが、 「宗派の欄には何も書かれていなかった」との回答で。 斎場の方は「ご家族で相談して宗派を選んでくださって良いですよ」 との事だったので、 兄が以前読んだ浄土宗関連の本がとても良かったと話していたので、 浄土宗でお経をあげて頂きました。 葬儀が終わり、ふと実家の父方の祖父のお仏壇を見たら 真言宗でした。 (無知でお恥ずかしい限りですが、お仏壇を用意する段階になって 宗派によって御本尊様も違う事を知りました・・・) 祖父は父が子供の頃に離婚していて、離婚後は祖母の名字になり 母と私達兄弟は、お棺の中の祖父が初めての対面でした。 亡くなった祖母も、父も叔父も祖父を嫌っており、 特に祖母と叔父は 「葬式はするけど仏壇や位牌を持ちたくない」と言っていたので 私の母が祖父を連れて帰りました。 その後は父も兄も私も、母にまかせっぱなしでした。 祖父のお墓があるのかどうかもわかりませんし、 祖母のお墓も遠方なので何処にあるかわかりません。 このような状況で、宗派がわからないのに 浄土宗でお経をあげて頂いた事は失礼だったのでしょうか。 母は穏やかに過ごせているのでしょうか。 家族は浄土宗でお経をあげて頂いた事を感謝しており、 朝晩、南無阿弥陀仏を唱えていますが 阿弥陀様やお経をあげて下さったお坊様にも失礼なのかと、 母は大丈夫かと、今さらながら不安になっています。 祖父と祖父の先祖代々のお位牌が実家にあるので、 数日おきに行って手を合わせていますが このまま祖父のお位牌を誰もいない実家というのも気になります。 宗派が違うお位牌を同じ部屋というのは良くないでしょうか?

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主人と宗派が違う

私の実家と、嫁ぎ先の宗派が違い、どうにも馴染めず苦しいです。どうしたらいいでしょうか。 小さいから仏教に親しみのある家庭で育ちました。 毎日お題目をあげるわけでないですが、お正月や期末試験の前(!)はいい点がとれますようにと仏壇に手を合わせるような家庭でした。 法事も多かったため、気づいたらお経もなんとなく覚えています。 結婚するまでは、自分の宗派に一才拘りはなく、なんちゃって仏教徒だなぁとしか認識していませんでした。 しかし結婚し、嫁ぎ先の仏壇に手を合わせるようになると、罰当たりなことをしているような気持ちになってしまうのです。 嫁ぎ先も熱心な仏教徒というわけではなく、帰省した際に仏壇にただいまを言う程度ですが、そこで唱えるお題目が違い、自分の宗派を裏切っているような気持ちになってしまいます。 もう私は主人の宗派に変わったのだ、と割り切れればいいのですが、小さい頃から沢山守ってくださってきた自分のお題目も大事にしたい思いが強いです。 同じ仏様を信じているのに、どうにも割り切れません。 結婚して10年以上が経ちますが、未だに夜道で怖い時、心の中で唱えるのは生家のお題目です。 違う宗派に鞍替えすることは、悪いことではないのですか? 菩提寺が変わっても、心の中で違うお題目を唱えているのは非常識でしょうか。

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