hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
家から匿名・オンラインでお坊さんと話せる!hasunohaオンライン個別相談
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

法要時、肝心な箇所を間違われたら?

回答数回答 1
有り難し有り難し 22

初めて相談をさせて頂きます。宜しくお願いいたします。

先日親戚の四十九日法要と納骨がありましたが、その際に僧侶の方が「参列者の名前を間違えて唱える」という場面がありました。
※卒塔婆を立てる参列者の名前を読み上げていったのですが、私の家族全員が「名字」を誤って読まれました。
※私の名字は、故人が生前 結婚する前まで名乗っていた旧姓でもあります。また故人は生前私達の家に対して大きな愛情を持って接して下さいました。
※墓所と法要を行ったのは葬儀会社が運営する霊園です(今回の僧侶の方は霊園職員の方が手配。霊園と提携するお寺のようです)

亡くなる直前まで私達の家族を愛して下さった親戚。私の家族もまた故人を愛していましたし深く感謝しています。だからこそ今回「名前を間違われた」事は悔しく感じました。

法要後、思わず僧侶の方に『恐れ入りますが名前を間違われて読み上げられました。▲▲(間違った名字)ではなく、●●(正しい名字)です』と申し出てしまいました。
しかし僧侶の方は「じゃあ墓前納骨時に言い直しますから」という『軽くあしらわれた』と感じる言動を取られました。これには参列者一同唖然となりました。
今日の為に必死に準備をしてきた施主や関係者全員、そして私の家を心から愛してくれた故人の事を思うと…あの言動は非常にショッキングでした。
納骨時には正しい名字で言い直してお経を上げて下さいましたが、参列者全員わだかまりが残ってしまい非常に残念です。

実は前回、祖母の回忌法要においても同様の事件がありました(回忌数を間違われて読み上げられた)

連続して類似問題が起こり、悲しさと憤りを抱いてしまいました。
霊園職員の方には「2度連続で誤って進行された」と抗議したので次回以降はこのような事がないよう願うばかりです。

さて、このような事態を経験してしまったのでお伺いしたいのですが、法事の席で僧侶の方が名前や回忌数など「参列者にとっての重要点」を誤って進行する事はあり得る事なのでしょうか?
またこのような誤りがあった場合、参列者はどのような対応を行うのがベストですか?
そして…故人に対する供養はどうすれば良いでしょうか?今回はモヤモヤが残るような法要となってしまい…故人に申し訳ない思いがあります。

稚拙な文章で恐れ入りますが、お知恵を拝借願えますと幸いです。宜しくお願いいたします。

2019年9月30日 1:48

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

気持ちは伝わってますよ

おはようございます。
お悔やみを申し上げます。そのような事があってはモヤモヤした思いが残りますね。
名前を間違えるのは失礼な事です。私も気をつけます。

 法要で読まれた名前が誤って読まれたり、何回忌かを誤って読まれたとしても、ホンモノのあなたが、亡くなった方を念じて法要をしていることは紛れもない事実ですので、供養自体は成立し、気持ちはきっと故人のところに伝わっていると思います。
 寺檀関係など深いご縁があるなら、一度伝えれば直してもらえると思いますが、霊園墓地で契約僧侶とのことですので、今後も常に違うお坊さんが来る事になると思いますので、直してもらえない可能性はあると思います。霊園墓地・派遣僧侶の弊害と言えましょう。対策としては、次から提出時に名前にフリガナを振っておく・何回忌なのか大きな字で書くなどの対策を取るしかないでしょう。または可能であれば菩提のお寺を持ちそこの僧侶にお願いすることでしょう。

2019年9月30日 7:52
{{count}}
有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/50代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが、...

質問者からのお礼

光禪様

初めまして。この度は私の拙い文書をお読みくださり、また大変真摯なお答えを賜り、ありがとうございました。
実は私の家も、先日法事を行った親戚の家も曹洞宗なのです。ですから、一番最初のご回答を下さいましたのが曹洞宗の光禪様である事に嬉しさを感じました。感謝いたします。

この度は貴重な助言を頂きありがとうございました。大変勉強になりました。

霊園墓地は亡き祖父が「この景色が素晴らしいからここに墓を建てる」と十年以上前に建立しました。
※自然豊かな場所にあり、四季折々の季節を感じられる場所です。祖父は自然が大好きでしたので選んだのだと思います。
※今までにも何度も法事を行いました。それまでは何のトラブルも無かったのですが、ここ数年になってから職員の方も僧侶の方も、双方ともに対応に(細々した点ですが)不信感を抱く出来事が幾つかありました。
※…そして先日の親戚の納骨、更にその前の祖母の回忌法要にて「名前と回忌回数の間違いをしたまま進行」という、家族親戚としては『一番傷つく』対応を連続でされてしまいショックを受けて相談をさせて頂いた次第です。

光禪様の具体的な助言、大変参考になりました。先ずは用紙に記入する文字を工夫するなど、出来る事から取り組んでみようと思います。

そして…以下のお言葉に心が救われました。
『ホンモノのあなたが、亡くなった方を念じて法要をしていることは紛れもない事実ですので、供養自体は成立し、気持ちはきっと故人のところに伝わっていると思います。』
思わず涙が出ました。そして安心しました。光禪様のこちらのお言葉に心から感謝いたします。大きな心の支えとなりました。

この度はお忙しい中、私の質問に丁寧にお答え頂きまして誠にありがとうございました。「相談をお願いして良かった」とすっきりしました!深く感謝いたします。

日々季節が移ろい美しい景色を愛でられる喜びを感じつつも、立秋を過ぎて気候や体調の変化にも気をつけねばと思う頃となりました。光禪様も何卒お体ご自愛下さいませ。
この度は本当にありがとうございました!

「お寺とのトラブル・嫌なできごと」問答一覧

納経所にいるお坊さん

皆様がこの不安な世の中を生きるために苦しい胸の内をご相談されているなか、このような質問をするのは忍びないですが、是非ともお教え願いたいです。     最近、神社やお寺をお参りしていて、四国に住んでいるのもあり、四国霊場のお寺を順番は関係ないですが行ける時に行ける範囲の所へ足を運んでいます。       昨日、子供たちを旦那が見ていてくれるというので、少し距離はありましたが香川のお寺にお参りにいきました。 14時を少し過ぎて到着し、御朱印帳を用意して納経所へ行ったのですが誰もいらっしゃらず、インターホンがあったので鳴らしました。 次にお寺に行った時はお線香をあげさせてもらいたいな、と思っていたので、初めてだし質問してみようかなとワクワクしながら待っていました。 すると別の建物から若め?のお坊さんが出てきてくれたのですが、あからさまにめんどくさそうな顔をされ、会釈をしても、お願いしますと声に出して言ってみても無視され、御朱印帳もぱっと取られ、お釣りの小銭も御朱印帳の上に置いて返されました。 お礼はなんとか言えたのですが、内心すごくショックで、お線香のことも聞くに聞けずでした。 自分なりに大事にしている御朱印帳なので、小銭置きにされたのは正直腹が立ちましたし、それなりの時間をかけて子供たちも旦那に預けてお参りに行っていたので本当に残念でなりませんでした。       しかし家に帰る途中、ひょっとすると神社とお寺の御朱印を一緒にしていたのがいけなかったのかな、それとも緊急事態宣言が解除されたとはいえ、このご時世の中来ないでほしかったのかな、と頭によぎりました。     今まで行ったお寺では、特に何を言われるでもなく、ようお参りくださいました、とまで言ってくれる方もいたので、謎です。   もしかして、14時くらいからお坊さんのお昼ご飯は始まるのでしょうか。   なにか私に悪いところがあれば、納得もいきますので、どうかお教え頂きたいです。

有り難し有り難し 17
回答数回答 2

小さな冤罪

彼岸会に参らせて頂き、別院で2時間程の行事に参加した後の事です。 本殿(観光地となっています)前の野外で親子で順に1人づつお線香に火をつけていた時、本殿の奥から 「あんたお金払わないといかんよ」と怒鳴られました。あぁ、間違いかな と思い「払いましたよ」と応じたところ 「ずっと見ていたから払っていないの分かるよ」「悪い事はしたらいかん」「この人が払ったよ、見とった あんたは払っていない」 と、こちらが いついつこういう形で払ったという度に表に出てくる事なく中から大声でおっしゃるので、本殿の中に入りお参りするのも悲しく辛い状況になりました。 「この人が払ったのは見た」という、この人とは私の家族です。家族でひとりだけお線香代をくすねる訳無いと思うのですが。 お線香代は、良心販売方式で箱に100円入れる様になっていて本殿中からは3M以上離れています。 同行していた幼い子がお中日のお線香初体験を楽しんでいましたので、この子に気持ちが落ち込んだ事が伝わってはいけないと思い本殿にすすみ手を合わせましたが、疑いをかけた人物は不審な者を追うような目で睨みを利かせていて怖かったです。 まだ昨日の事なので、幼い頃から親しんだお寺に怖い印象が湧いてしまいそれが悲しく辛いです。どの様な心持ちで思い直せば良いのでしょうか?

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

月命日に来られるお坊様。

4年前 大学卒業間近の息子を事故で亡くしました。あまりにも突然の死を受け入れ事は出来ず、未だに涙する日々ですが、毎朝、お仏壇にお花、ご飯、コーヒーをお供えしお線香を上げて、「我が家に生まれてきてくれてありがとう。亅と語りかけています。友達も多かったので 帰省の折には、必ず我が家にお参りに来て下さり、お線香を上げ息子を偲び、私の体調を心配してくれます。 優しいお友達に恵まれて、本当に幸せな21年間だったのだなあと思います。   お坊様にお聞きしたい事は、月命日に 来て下さるお坊様が、お供えしてある お土産や本、手紙などを、当たり前のように、手に取って、中をみたり読んだりされるのが嫌で、辞めて頂きたいという相談です。 お茶を出すために、席を外し戻ってきたら、遺品の財布を開けられている事もありました。お坊様だから勝手に触る権利はないですよね。その方個人のモラルだと思うのですが、お坊様が来られる日は、お仏壇の周りには、何も置かないようにしています。   ところが、先日お茶を持って部屋に戻ってきたら、息子のパスポートを見ながら 「あちこちの国に行かれたのですね。」 とー 床の間の端に置いてあったパスポートや 本を離れている場所から持ってきたようで、パラパラめくっている所でした。 悪意はなく、ただ興味本位でされている様ですが、不快でたまりません。 実はお経を上げている時も、珍しいものがないかと、首がぐるぐる回ってあちこち見ているのが、後ろに座っていてもわかります。世間話でも、自分の息子の話をされているので、配慮のない方だなと悲しくなります。 主人の家が長くお世話になっているお寺ですが、月命日の日が本当に憂鬱です。 主人は、私以上に悲しみの底にいて 未だに、お墓にも行けず、お仏壇にもお線香を上げる事はできない状態ですので、相談もできません。 私が、神経質なのでしょうか? 出来れば、月命日に来られる方も、他のお坊様に変えて頂きたく思っています。 どうか、良いアドバイスをお願いします。 長文読んで頂き、ありがとうございました。

有り難し有り難し 51
回答数回答 3

お通夜での出来事が許せません

先日、父が亡くなり親族葬を行いました。 突然の死でしたので残された家族と共にバタバタしながらも、父や列席していただいた方々に失礼のないよう努めてまいったつもりです。 そんな中、お通夜のお焼香の時に一人ずつ順番に出て行ったところ、お坊さんのお経の方が早く終わってしまい席を立たれてしまいました。さすがに退場されることはありませんでしたが、その時にお坊さんが「もっと早く出てこなあかん!お焼香は喋るとこちゃうよ!」とお怒りになられました。 喋るというのは恐らく、親族の方々が順番が来て前後の方と「どうぞ」「ありがとうございます」とやり取りされてたことだと思います(狭い会場でしたがそれ以外に会話は聞こえませんでした)。 たしかにお焼香は一人ずつ席を立たず前の方の後ろに並んで途切れることなくすべきだったのかもしれません。お葬式に不慣れとは言え、お坊さんにとっては無作法で失礼に値することだったのかと反省するところはあります。 しかしながらお通夜にも関わらず高齢の親族へ声を荒げられたお坊さんに対し、憤りを感じてしまったのも事実です。 故人である父はこういう場面だと「皆さん足元気ぃ付けておいでください。」と親族を気遣うような人です。その父に背を向け親族を怒ったことが許せませんし、父の通夜を、列席していただいた皆様の思いを侮辱されたような気分です。 何より喪主である母が「こんなことになってお父さんに申し訳ない」と落ち込んでいるのが辛いです。 いまだに気にしてしまっていること自体、父に失礼なような気もしますし、それよりも父を思う気持ちが大事だということは分かってはいますが、この出来事がなかなか頭から離れません。 我が家はお坊さんのお寺の檀家で、これまでも長く付き合いがあり、これからも顔を合わせることはあると思います。 どうやったら落ち込む母を励まし、またこの出来事を乗り越えて、今後もお坊さんとわだかまりなく付き合えるのでしょうか。

有り難し有り難し 34
回答数回答 3

菩提寺に不信感。寄付って何?

私には先祖代々の菩提寺があり、いつかそれを継いで行くんだなと漠然とした想いがありました。 でも最近の菩提寺のやり方?経営に疑問を持つようになりました。 事の発端は住職さんが代わってからお盆の供養で自宅に住職さんが来て私達に話したことから始まります。 その時は祖父から孫の代までみんな集まり住職さんにご先祖様達を供養して頂きました。 供養が終わり、ありがたいお話を頂けるのかと思ったらなぜが、ずっと本堂以外にある小さな観音堂の建て替えをするための寄付金が足りないと言う話をされ続けました。 私は目が点になりました。 供養の場でそんな寄付金の話ばかりされるとも思わなかったですし、ここ数年で、永代供養用のとても大きく豪華な大仏や建物が建てられたり、お寺の中やお墓が整備されていたからです。 その時は寄付金を集めたりはしていませんでした。 それなのになぜそれだけ多くの事にお金を使っておきながら、わざわざ寄付金を集めて観音堂を建て直さなければならないのか。 それならあと数年まって、年会費を貯めて建て直したり、あんな豪華な永代供養大仏を建てるならそこの費用を削って観音堂にまわすなど出来たと思うのです。 あまりの経営の雑さ、そして寄付金が一口〇万円以上でないといけない、観音堂を建て直すにあたり観音堂(本堂以外とは言っても人が10人は入れる大きさです。)をあけてみたらお飾りもボロボロになっていたので全て新しくしようと思うなど、普通、寄付なら1円からでも寄付であってその人の心なのに、仏に使える人が〇万円以上でないと寄付金でないと言ったり、普通時々でも観音堂の仏様にお経をあげていたり、掃除していたりしたら前々から少しずつ修理したり出来たと思うし、本堂がものすごい豪華なので、そこの費用を抑えて観音堂にまわせたりもすると思うのです。 こうゆうやり方や、はお寺としては普通なのでしょうか? なんだか檀家を都合の良いATMのように見てるとしか思えなくなってしまいます、、

有り難し有り難し 36
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る