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祖母が天国へ行けるか心配です

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寝たきり認知症、要介護5の祖母の在宅介護中です。
今年の7月、祖母が脱水症状で9℃を越える高熱を出し、もうダメかと思いましたが何とか持ち直しました。

介護は孫である私がしていて、自分が気を付けなかったせいで脱水になってしまったこともあり、祖母に死んでほしくない一心で一生懸命看病しました。
そして峠は越えたかなという日に、祖母が頭の先にいる誰か?と話しはじめて、「あの世に行かないことにすればいいんだな?天国へ行かないことにすればいいんだな?」と言いました。
そしてかなりはっきりした強い口調で、「わかった!決まった!」と言いました。
それから今度は別の方角へ向かって、「私は絶対に天国へ行けないことになりました!絶対に行けません!だからあかりを消してください!」と言いました。

私はこれを聞いて、私が死んでほしくないと強く思ったせいで、本来死ぬはずだった祖母がその機会を逃し、そのせいで本来行くはずだった天国へ行けなくなってしまったのではないかと思いました。

最近も、死にたいと言ったときに、「死んだら天国へ行くの?地獄へ行くの?」と聞くと、「地獄だ。決まっている。」と言います。

人が本来の寿命より長く生きてしまい、そのせいで行くはずだった天国へ行けずに地獄に落ちるようなことはあるのでしょうか?もしそうなら、私は祖母のために何をすればよいのでしょうか?
とても心配でなりません。

2019年12月9日 18:50

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

行き先は極楽浄土 仏さまの世界

パプロ様
結論を先に申し上げます。地獄にはいきません。行き先は極楽浄土,仏様の世界です。

(*私の宗派の立場でのお話となります。)

曹洞宗では禅戒一如といい、坐禅と受戒(お釈迦様の弟子として人生を歩むこと)を大切にしています。

葬儀の際は引導を渡し、お釈迦様の弟子となり、お仏様の世界へ送り出します。ですので、行き先は地獄ではありません。安心してください。

合わせて今パプロ様が出来ること・・それは1日1日を大切にして、今を生きることかと私は考えます。日日是好日。

無理なく出来る範囲で今自身ができることすべき事を考え、一つ一つ実行していくのが、よいかと私は感じました。 

2019年12月9日 20:25
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有り難し
おきもち

小黒澤 和常
大本山總持寺安居ののち、松岩寺副住職となる。テレビ朝日系お坊さんバラエティ...

質問者からのお礼

小黒澤様

お言葉ありがとうございます。
昨日の朝夫の祖母が亡くなりバタバタしまして、お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
少し安心しました。本当にありがとうございました。

「介護・認知症」問答一覧

認知症の母親の今後の介護について

初めまして、私は83歳認知症の母親の介護の事で悩んでいます。 14年前に父が他界し、それより母は一人暮らしをしています。 幸い身体が丈夫なので今まで仕事をしていましたが、コロナと認知症の進行により仕事は続けることが出来なくなりました。本人にはコロナで休みと伝えられている様です。 自動車も運転していたのですが、認知症の事もあり説得の上合意の下二人で処分しました。ですが、認知症のため、仕事がなぜ休み続きなのか、車がなぜないのかと毎日電話がかかってくるようになりました。 同じ内容で1~2分おきに何度もかかってきます。電話を取らないと着信が一日中とまりません。 母は昔から人の話を全く理解する事がなく何を言っても理解しません。仕事のことも「コロナが流行っているから仕事が休みなんだよ」と言っても「そんなはずない」、車がないことも「病気で先生や警察からダメって言われた」といっても「運転できるのになぜ」と自分の主張ばかり。 そんな状態で、今まで仕事で一人暮らしの時間を紛らわせちょっとの外出は車でしていたものですから、両方無くなったので散歩にもいかず家に閉じこもるようになりました。 何度も母のもとに通い現在の状況の説明や、バスでどこへでも行ける事、介護申請の手続きなどいろいろやってきました。しかし、認知症という病気からかやったことは全てリセットされ、毎日0からの説明になります。 また暇を持て余しているので私の家に行きたいなど言います。家に一人でいられないと言い、理由をつけて断っても納得せず、殺せだのなんだのと言います。 私には妻と子供が二人います。母は、性格的に自分の思ったことが全てだと思っているので何かにつけて恩着せがましく、金に無頓着なので散々苦労させられました。それをよく知っている私の妻は、母との関係を拒否しています。そのため、家に呼ぶことはできません。私も、1度呼ぶと母の場合要求がエスカレートする事は目に見えています。 そして、その際に断れば今までやってきたことを全否定されることも分かっています。私は母を無視したり、ないがしろにするつもりはないのですが、母の要求に全て答えてあげることはできません。出来る範囲でやってはいますが、要求された際に全て答えてあげることは不可能です。 母との付き合い方、今後どうしたらよいでしょうか?

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介護から出てきた、親戚や財産のこと

40代の既婚者です。子供は小学生2人います。 ここ2、3年で義母が体調を崩し、認知症を発症し施設に入りました。 義母は私たちの住んでいるところから遠方にいます。 義母は旦那が大学卒業したときに離婚され、独り身の国保での生活をしていました。長年の病も持っており、体を張って働かれていたようです。 施設に入ってから、お金に関して不安なことがたくさん出てきました。 家も古くどうすればいいか・・・ 施設料も義姉に任せていたのですが、どうも浪費癖があったようで、義母の国保からも使っていたようで、未納があった・・・や (義姉も離婚して子一人育てている・・・) 知らない土地の所有もあって、支払え・・・と本家から言われたり。 旦那の家族や親戚のことで振り回されています。旦那との関係にも壁を感じるようになりました。 私自身もこんなことあってから旦那の親族が信じられなくなってしまっています。 この世の中こういう話はよくあることなのでしょうか? 私自身は、まず旦那の親族のことよりもこの家庭が大切だと思っていますが、まずが子供達が希望をもってやりたいことややってみたいことをさせてあげたいと思っています。そして、自分も旦那も健康で元気過ごして行くこと、家族第一にしています。 義母の方には、私も働いているので少しは支援していますが、義姉が実母でありながらも世話をせず(近くにいるのにも関わらず、施設に義母のお金を使っていたことに苛立ちを感じております。 体調が悪くなったときに、私たちの住んでいる近くに体調が回復するまでいた方がいいんじゃ・・・という提案にも義母も義姉も拒否をしました。 いろいろ気持ちもわかるのですが、その後の義姉の対応について、自分は信じられないです。 この先のことを考えると、旦那の親戚ののことでお金や土地・家のことでいろいろ揉めることも目に見えますし、離婚にいったってしまうのではないか・・・と不安でなりません。 私の心は本当に狭いですね・・・こんな私になにかアドバイスを頂けたら嬉しいです。お願いいたします。

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福祉業界に未来はありますか

福祉現場で10年ほど働いています。 この職を選んだ理由は単純に自分が昔からおばあちゃん子で、母親より祖母と過ごした時間の方が長く、年配の方と接するのが好きだったからです。 高齢者の残された時間、家にいる時のように一人一人が自分らしく過ごせる環境を作るための支援をしたい。 大抵の施設(老人ホーム)ではこういった経営理念を掲げています。 私自身も当初はこの気持ちでいました。 しかし現実は深刻な人手不足。 時間に縛られ、まるで工場のライン作業のように進んでいきます。 しかしロボットのように働いたとしても相手は人ですから、必ずイレギュラーなことは起こります。 結局時間内に終わらず、残業代も出ません。 そうやって業務を淡々とこなしていくうち、最初の理想はどこかへ消え、今となっては “低賃金・重労働で先の短い老人達の世話。一体なんの意味があるんだろう。この業界に未来はあるんだろうか” などと最低な考えすら浮かんできてしまいます。 金儲けばかり考えてる政治家連中と年金目当てで延命治療させる家族。 何がその人らしい生活、最期なのかもうわからなくなりました。 無理矢理生かされるくらいなら安楽死制度を早く導入してほしいと切に願います。 もう終わりです。この国の福祉政策は。 すみません。なかば愚痴になってしまいました…。 夢や理想だけではこの業界では生きていけないということは身をもって分かっているのですが それでも何とか私がやらねば誰がやる精神で頑張ってきました。 それがここ最近自分はなぜこの仕事をしてるんだろう。なにも自分が大変な思いをしてまでやらなくてもいいのではないか…と我に返ったような感じです。 誰もやりたがらないことを安月給でやる意味。 しかし新卒で福祉しかやってこなかった私に今更他の職種が勤まる自信もないのでとりあえずは続けますが 私のような人材は辞めた方がいいのでしょうか。 延命治療をしてまで人は生きる意味はありますか。 こんなことばかり考えていて、国家資格まで取得したのに、プロ失格ですね。

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認知症になった母について

母は、若いころから父より暴力と経済的虐待を受け、姑からも虐められ、ノイローゼのようになっていました。父が若くして突然死してから、父の残したお金を手に入れ、子供が相続するべきだったお金まで自分のものにし、子どもの名義の土地にアパートを次々と建て、収入を自分のものにしてきました。アパートローンも払ってくれる前提でやっているので、わたしたち子供は理不尽に感じながらも父に虐げられた影響で強硬な性格になった母に逆らえず、何も言えずに過ごしてきました。 今から10年近くくらい前から、母は精神病になり、自分のアパートに住む生活保護のおじいさんのことを、「あの人は医者なんだよ」とほめちぎり、ぞっこんになりました。本当はその人は、もともと日雇いだった生活保護者でした。そのじいさんからお金を無心されるようになり、断ると、首を絞められたり家を壊されたりするようになりました。最後には止めに入る弟に爺さんが刃物で向かっていき警察沙汰になり、家の外壁を壊され、警察に捕まり、刑事裁判までやり、母に今後一切近寄らないこと、アパートは出ていくことを約束させられ、やっと縁が切れたころ、苦労しまくった母が認知症にかかりました。 兄は父の影響か、わたしや弟に物心ついたころから暴力を振るいまくっていました。わたしは、この家族にやられっぱなしで、正直、正月に帰ることすら苦痛なのに、小さい子供の育児中で時間が取れるだろうということで、母の通院やらデイサービスへの連携やら母の成年後見人の手続きやらをやってきました。そんな母は、いまとなっては、わたしのことを敵とみなし、わたしが全財産をとったと周りに吹聴して回っています。(実際は弁護士が管理しています)。 お金にばかり執着する母は、認知症になる以前に、何かの餓鬼になったのでしょうか? 母のことを見ていると、苦労しきてかわいそうという思いと、父や姑のせいで変わり果ててしまった心の在り方とか、ものすごく痛々しい思いがします。母は何かに取りつかれてしまったのでしょうか? 

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重い病気の母親に会いたいと思えません

母は要介護の状態で、闘病中です。楽しい瞬間に「今この瞬間にも母が苦しんでいる」と思うと、罪悪感が生じ辛いです。 そのせいで、母がいる限り、自分は幸せになれないと感じ、母の存在を重く、辛く思ってしまいます。 例えば、LINEでよく「頭痛が酷い」「具合が悪い」「遺書を書いた」「長生きできなくてごめん」などのメッセージが来るので、LINEを開くのも、スマートフォンを見るのも辛くなってしまいました。 メッセージが来ると、「どう返せばいいのか?」とモヤモヤし、仕事が手につかなくなります。送ったあとは、反応が怖くなります(傷つけるのではないか、無神経なメッセージなのではないか、怒らせるのではないか等)。 そういう状態が、もう何年も続いていて、楽しい盛りの年齢なのに、友人と会うのもなんだか後ろめたく、何年もろくに友人づきあいしてません。 もともと家族と折り合いが悪く、両親は常に忙しそうで支配的に感じられ、他人夫婦の家に私が邪魔者として同居しているみたいな心境だったので大学進学を機に一人暮らしを開始しました。実家の記憶は曖昧で、寂しかった、所在なかったというなんとなくの感情が残っています。反対に、一人暮らしは天国のようでした。 そういう関係性なので、月に何回か訪ねていくのですが、母を訪問する日が近づくと暗澹たる気持ちになりますし、訪ねたあとはぐったりしてしまいます。母を見ていると、人生は辛いことばかりなのだ、と感じて、死にたくなります。 いつまで続くのだろう、、、と暗い気持ちになってしまいます。一番つらいのは母で、だということは頭では理解し、生み育ててもらったことには感謝しているのですが、どうしても、今まで健康管理をしてなかったツケが回ってきたのだ、とか、弱音を吐ける友人を作ればよかったのに、とか、もっと前向きになればいいのに、だとか、なぜいまさら家族っぽいことをしなきゃいけないんだと苛立ってしまいます。 以上のことの堂々巡りで、常にモヤモヤしてしまいます。どう整理すべきでしょうか。

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老いて死に向かう事

介護の仕事をしています。 そして家では相棒の20歳の猫が弱っていく様を目のあたりのして、 人間も動物も歳をとり身体が思うように動かなくなり肉体的にも精神的にも痛く辛い思いをするように思います。 なぜかはわからないけれど命には寿命があって、皆いずれ死なねばならない。なのになぜ命は、わざわざ苦しみやすく出来ているのか、 脳ミソが、老いて寿命が近くなったら自動的に幸せホルモンのようななにか痛みを緩和させて穏やかになるような麻薬物質でも分泌すればよかったのに(そういうものがあるかもわかりませんが)、なぜそのように進化せず、やはり苦しみがちになるのだろうかと疑問に思っているのです。 また、相棒の猫は確かに20年いっしょに暮らしてきた家族だけれど、言葉を通してなにをしてほしいか、なにが食べたいかを迅速に伝えられない訳だから、きっとひとりぼっちで寂しくて、体も痛かろう、初めて老いて初めて死に向かうのに淋しかろうと、100%助けてあげられなくてすまなくて悲しくて眠れません。 やはり施設で暮らす高齢者の方々も寂しい思いで暮らしているだろうと思います。猫と比べるなと言われるかもしれませんが、同じように思ってしまいます。 道元禅師の生死の巻で、薪と灰の話、 前後裁断があったかと思いましたが、 今の私には死はやはり老いた先にあるもののように思えてなりません。身体の細胞ひとつひとつが活動できなくなった先にある死で、やはり苦しまずにはいられないんじゃないかと感じてしまいます。 あのお話だったか、生と滅にそれぞれ“さきありのちあり”とあった気もしますが、なにか私が今目の前にしているものの解釈のヒントになりそうなのに、いまいち理解ができません。 わかりにくい質問で申し訳ないのですが、ようは、なぜ命は苦しまなければいけないのか、なぜ苦しむのに生まれてくるのか、そしてそれをずっと繰り返してきたはずなのに、脳ミソが苦しみを除外するよう進化しなかったということはやはり必要があっての苦しみなのかしらと素人考えをしているわけです。かといって私の相棒の猫さんが死に向かって1人老いて苦しむのは切ない事です。。。それらが不思議で切なくてならないのです。 自然の摂理だから仕方がない事なのでしょうか?

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