過去にいろいろと失敗してしまったこと
過去にいろいろと失敗してしまい、家族や職場などに迷惑かけてしまったことがあります。
職場では、仕事中慌てて、物落として壊してしまったり、昔介護施設で働いてた時、私の不注意で、入所者や施設の職員に迷惑かけてしまったこと、家族では親と大喧嘩して体張って喧嘩してしまったこと様々なことで迷惑かけてしまいました。
いろいろとストレス溜まってて、注意散漫になったり、自分でコントロールできず、親に当たってしまったこと、大変申し訳ないのと、罪悪感でいっぱいです。
今でもそのことを思い出してしまい、毎日不安で、些細なことでもイライラしてしまい、過去にあったこと、職場や友人に話してしまったら、職場にもいられなくなるんじゃないかとか、嫌われたらどうしようとか、噂になったらどうしようとかいろいろと不安です。
もちろん、私が全て原因です。
もう二度と、過ちは犯したくありません。
普段、注意散漫、イライラなどで、自分でコントロールするにはどうしたら良いですか?
後、職場に過去のことは、話した方が良いですか?
できたら、いいたくないのです。
今の気持ち、仕事行きたくないって思い、迷惑かけたくなくて、辞めたいと思ってしまいます。
こんなことで、辞めない方が良いのでしょうか?
アドバイスを、よろしくお願いします。
イライラする
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
永六輔さんの『生きているということは』より
こんばんは。亀山純史と申します。
この世の中には、いろんな人がいますよね。他人に迷惑をかけていても、悪びれる様子もない人。あるいは、他人に迷惑をかけていても、そのことに気づいていない人。そうかと思えば、自分の行動に対して責任感が強く、少しの失敗でも謝る人。社会とは、このような様々な人々が織りなす世界なのです。そして、どんな人であっても、失敗をしない人は誰一人としていないのです。
永六輔さんがお書きになられた詩に『生きているということは』という詩があります。その詩の出だしは、「生きているということは 誰かに借りをつくること」です。そして、その借りた借りはどうすればいいかと言えば、永六輔さんは同じ詩の中で、「誰かに借りたら 誰かに返そう」と綴っています。
(https://www.youtube.com/watch?v=oNaIH095OSI)
つまり、私たちは他人に迷惑をかけて生きているのです。そうして、そのような私たちですから、私たちは誰かのお世話になって[誰かに借りをつくって]いるのです。そこで、私たちも誰かのお世話をして[誰かに借りたら 誰かに返して]生きて行こう、ということなのです。
以上が私からの回答です。
ご相談の‟普段、注意散漫、イライラなどで、自分でコントロールするにはどうしたら良いですか?”への、直接的な回答にはなってはいませんが、ものごとに対しての見方を変えてみることで、自分の行動に変化が生まれることもあります。私からの回答が、少しでもお役に立てればと思っています。
あなたの成長と未来を心よりお祈りします
拝読させて頂きました。
あなたが一生懸命にお仕事なさっていらっしゃることが伝わってきました。ですから余計に失敗したことが気になり、人に迷惑をかけていらっしゃると強く思っておられるのかと思います。あなたのお気持ちを心からお察しします。
失敗のない人生もありませんし、失敗の仕事もありません。いくつもの失敗を繰り返しながら一つ一つ前に進んでいき、そして目標に達していくのですし、その過程がなければ本当の成功などありません。
いつかは物は壊れるものですからあわててしまい壊してしまったならば、この次からはあせらないでゆっくりと慎重に運んだり設置すれば良いのです。
この世の中で生まれてから物を壊したことがないのは赤ちゃんくらいではないでしょうか。形あるものはいつかは壊れますからね。
くよくよ後悔することはありますけども大切なことはそれからどう考えてどうしていくかです。
あなたにはこれから先にはもっとたくさんのものごとが待っています。その中であなた自身がいろんな経験をしながら学び取り成長なさっていかれるのですからね。
どうかこれからの未来に夢や希望そして様々な目標を持って下さいね。
千里の路も一歩からですからね。どうか先ずは一息ついてあわてずあせらずに落ち着いて一つ一つのことに向き合い積み重ねていって下さいね。
あなたのお健やかな成長と充実した未来を心よりお祈りさせて頂きます。