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母親の死について

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昨年末に母親が亡くなりました。最初、父親から連絡がありまず噓だと叫び号泣しました。兎に角信じられず現在も受け入れられず何処かで生きてるんじゃないかと思ってます。正直自分も母親の後を追うと真剣に考えましたけど、何とか踏み止まりました。それからは虚脱感、脱力感、後悔の念ばかりです。母は兎に角昔から頑張り屋で自分が物心付いた時には病室に居た記憶が多いです。癌も患い子宮癌に甲状腺癌と最後は腎臓の透析をしてまして、夜中に大動脈解離で手術は無理という事で亡くなりました。自分と両親は離れて住んでまして私は長野、両親は千葉でして元々母は長野の出身で2年程前には両親は長野に住んでたのですが事情があり弟夫婦と住む事になりました。事情と言うのは、私は長男ですが昔からだらしなく弟の方がしっかり者で兄貴にはこれからの両親面倒は無理と判断したのでしょう、自分が引き取ると言う形になりました。本当に恥ずかしく、情けなく思います。話が逸れましたが私は母ととても仲が良くて買い物や色々と良く出掛けました。他人から見たらマザコンです。兎に角、父も母も弟も皆負けず嫌いで頑張り屋で努力家で自分は皆と正反対の性格で一言で駄目人間です。でもそんな自分にいつも皆は優しく特に両親には一生頭が上がらないです。だからこれから頑張って親孝行したかった。。特に母にはしたかったです。。その矢先に母が亡くなり自分を恨みました。生きてる時に何で何でと思いましたが、親孝行したい時親はなしと言いますが本当にその通りです。今は無念で何かあれば何処でも涙が出て辛いです。今も母の思い出の中で生きてる感じです。人間はいつかは旅立ちますのはわかってますがあの頑張り屋の母がと思うと寂しい悲しい空しい悔しいです。母ではなく自分が代わりにと思いました。後から家族から聞いた話で亡くなる前は私の名前を何度も連呼してたと聞き心が痛くなりました。結局離れて暮らしてからは電話では話たけど合いには一度も行かなかったです。母は痛いし辛かったのを我慢して頑張ってました。本当に辛いです。死にたいと思いますが正直怖いです。私はこれからずっと母の思い出の中で生きてくのでしょうか?どうぞ何卒下らな事ですがご回答の程宜しくお願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたはあなたらしく生きて見ませんか?

初めまして、お早う御座います。

私も、30代前半に妻を看取り、その後に祖母、父と看取りました。同じように親孝行をしたいと思った時には親はいないもんだよ・・と、父が言った後に、立派とかそういう事ではなく、元気で笑顔で暮らしている事。それが一番嬉しい・・そう言っておりました。

人は亡くなったら終わりではありません。霊魂は生前愛した人の心にスッと入って、共に”命の時間”を過ごします。我慢せずに泣いて思って、共に過ごして下さい。お互いに、もう大丈夫。そう思った時に、それぞれの新たな人生を歩み始めます。それが四十九日ではないのか・・私が体験をしてそう感じ思った事です。

残された私たちを悲しんで生きる姿を、彼岸(あの世)にいる方々は望んではいません。笑顔で過ごす事が何よりものご供養だと思います。

私たちの身体には、何百年と続くご先祖さまや父母の願いや想いが沢山込めれれています。生まれた日や時間という宿命は変えられませんが、運命や人生はいくらでも変えられます。これでもか、これでもか!と散々に苦しみ命を絶とうとした事もありました。今、時空を超えて様々な答えが現れています。

あなたが生きる意味なども、必ず時や季節が移り変わるように苦しみも辛さも留まる事はなく、動きだし答えが必ずわかる時が来ます。

結果を焦らずに求めず、枠にはまらずに、あなたにはあなたの”良さ”が必ずあります。あなたらしく、過去でもない、明日でもない、この瞬間と言う二度とない奇跡の一日を過ごして見ませんか?

お遍路さまの背に書いてある、同行二人(どうぎょうににん)とは弘法大師さまと共に巡礼をさせて頂くという事と同じく、あなたと一緒にお母さまも人生と言う冒険旅行を同行二人として歩んで行って頂けると思います。

純粋な祈りは必ず届きます。そして、いつかお互いが、もう大丈夫・・そう思った時、手を合わせればスッと隣に来て、手を合わせるあなたの姿に微笑んで応えてくれます。

頑張ろうとすると心が疲れてしまいます。全てに当てはまること、”ほどほど”が丁度いいのです。

あなたらしく人生と言う冒険旅行を仕合せに歩めますように、心からお祈り致しております。

亡きお母さまに心から・・・

南無大師遍照金剛

合掌

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有り難し
おきもち

永寛
皆様、初めまして。ストレスの多い現代・・お寺とはご葬儀や法事のみではなく、...
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質問者からのお礼

お忙しい中わざわざご返信ありがとうございました。大変心が温まるお言葉で身にしみました。母は私といつも一緒にいるので、余り母を心配させない様に自分らしくあがいて、もがいて行こうと思います。お坊様からのお言葉を胸に刻んで生きて行ければと思います。本当に本当にありがたきお言葉ありがとうございました。

「親・家族・恋人・大切な人の死が悲しい・乗り越え・立ち直る」問答一覧

故人の魂はどこに?

先日大好きな妻が亡くなりました。妻は本当に僕の全てで大事な大事な宝物でした。 子供もおらず、独りぼっちになってしまい、今は絶望しています。生きる目的、意味が全く無くなりました。 僕の唯一つの願いは最愛の妻の魂にずっとずっとすぐそばにいてもらい(お骨も手元に)、自分が亡くなるときに一緒のお墓に一緒に納骨してもらい、そしてあの世でまた会えることだけです。 質問なのですが、49日に審判され遠くへ行ってしまい最終的に極楽浄土を目指すという理解をしているのですが、疑問があります。 白木の御位牌から本位牌となり、魂を入れて頂くと思うのですが、位牌に魂が宿るとするならば、極楽浄土などに魂は向かうのに、魂はいったいどこにいるのでしょうか? 魂は分割され2か所にいるのでしょうか? また、お盆には年に一回戻って来るという話しも子供の頃から聞いており、迎え火で迎え送り火で送り帰って行くということでした。帰ってしまったらいないということなのでしょうか? 極楽浄土等、御位牌、お盆、魂の居場所をわかりやすくご説明頂けますと幸いです。 僕は妻にずっとそばにいて欲しい、遠くへ行って欲しくないと考えております、魂の居場所によっては仏教と考えが合わないのでしょうか? 実はそのように悩んでいる間に49日が過ぎてしまいました、49日の法要は過ぎては良くないと聞きますが今から行って頂くことは難しいのでしょうか? どうぞ宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 11
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父親亡くなる

父93歳母90歳姉64歳私57歳で、姉は実家からバスで30分の所に住んでおり、私は埼玉県に住んでいます。母は専業主婦で家事全般をやっていた人です。父母共に病気をして入院した時は、どちらかが実家に帰って寝泊まりをしていました。母が心臓の手術を10年前にしてから、家事全般を最小限しかできず、それでも父母と2人で頑張っていましたが、2年前に母が転倒して頭を打ったのですが、頭の中も異常なく、骨折もしておらず、ただ筋力が落ちて、やる気も出なくなり、父が母に変わって家事全般を最小限やってくれる事になり、父は、家事をやった事がないので、味噌汁の作り方を一から母が教えていました、しかし父の作る物にしょっぱいだの、と父と姉に話していたそうです。父も指示されているみたいでイヤだとは姉に話していたそうです。母か転倒して、動けなくなった頃から、愚痴がおおくなり、姉は、母は要支援2の認定を頂いていたので、訪問ドクター訪問看護ディサービスを利用し、少しでも愚痴の数を減らしていこうとした時に、父が脳梗塞でたおれ、悪性リンパ種も見つかり、入院して1ヶ月で亡くなりました。愚痴をこぼす所もなくなり、母は、私や姉が手続きや、お墓仏壇等をやっていると、私達に攻撃しはじたのです。ただそれが午前中に始まり夕方には、穏やかになり、母の今後の事もあり、ケアマネに来てもらい話をすると、老人うつ病をかられると言われ、私達も確信ではないが、そうではないかと思うと伝えました。前から少しずつあったものが、今になって大きく出てきたのではないかとも言われました。姉は知識がないので、精神的な事が書かれている本を前から読んでいますし、私も資格はないですが、施設で長く働いているので、少しは知識があります。ただ姉が言うには、父が生前の時母は、とても穏やかな人で先々を考える人だったと話し、母が転倒して何もできなくなってから、人が変わったようだと言うのです。うつ病があるかもしれない事を少し頭に入れて対応していこうと姉と話していたのですが、姉もわかっているが、ウンウンとは聞けずついいってしまう、母はエスカレートしてしまう、なので第三者に入ってもらって、近くにおばがいるので、母の話しを聞いてもらうなどして、対応していますが、これからどんな事に気をつけたらいいのか、対応はどうしたらいいのか、母自身も、自覚がないので困っています

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夫の死 心が平穏になる時がきますか

夫が病気で急逝しました。夫はさぞ悔しいことでしょう。まだ現実として受け入れがたく、ふわふわとした心持ちで葬式、様々な手続きに生活に追われています。 子供たちと現実生活をいつも通りにふざけたことも言い合いながら笑顔で暮らしていますが、寂しく悲しい気持ちは各々が抱えています。 夫が亡くなって、葬式後に不倫関係にある人がいることが分かりました。相手からの、のんきなLINEがきたことで気づきました。再会した元カノのようで、レストランで食事したりホテルで密会したりしていることがやり取りから分かりました。これからもっとたくさん会いたいなど、関係を続けたい夫の気持ちも書いていました。あの時もあの時も嘘をついて家を出ていたのだと知りました。LINEを探すと、他の女性とも恋心をほのめかしたやり取りをしていたことも分かりました。 夫は多趣味で、趣味に仕事に忙しく、女の人と会う時間があるとは思いもしませんでした。私を悲しませることはしない人だと信じて疑ったことは1度もありませんでした。 夫は子育てに協力的でした。家の中のことは大体私がやっていましたが、対外的なことは率先してやってくれていました。共働きで、協力し合わないことには生活が回らなかったので、助かってました。私は子育て家事に喜びを感じながらも、夫の行動に苛立ちを感じていたことは確かです。夫は趣味の時間を家庭の様々なことに取られていると不満をいうことがありました。趣味をしている時の夫は本当に楽しそうなのでさせてあけたいと考えていたし、実際、ずっと続けていました。 こんなに趣味を楽しんだ上に、家事に疲れている私に、したいときだけすり寄ってくる夫を疎ましく思う気持ちもありました。 私は夫が好きでした。夫の物を片付けていたら、私からの数年おきの長い手紙や「大好きだよ」のカードがたくさん出てきました。先月もあげたはかりでした。 他の女の人には優しい言葉をたくさん書いていましたが、私にはありませんでした。私を子供の母としか見ていなかったのでしょうか。 数年前に、他の人としちゃおーなどと言うことが何度かあり、私はあきれて、どーぞ。と、言ってしまいました。夫は自分の欲を実行したのですね。 1人になると動悸がして落ち込みがひどいです。子供たちの明るい未来のためにも、元気で生きていきたいのです。どう考えれば心の整理がつくのでしょう。

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義父が亡くなりました

先日、義父が亡くなりました。 私がコロナに感染し家に持ち込んだ為家族もコロナになり、もともと持病が有り弱っていた義父にもうつしてしまいあっけなく亡くなりました。 入院して3日、急変したとの連絡あり病院へ行きましたが人工呼吸器を付けられていたのでまだ生きていると思っていました。 義家族と病室に居ると看護師や医師が来て死亡確認していいかと言われそこで初めてすでに亡くなっていることを知らされました。 急に意識がなくなり呼吸が止まったというような説明を医師からされました。 私は両親を看取っているのですが、完全に心臓が止まるのには時間がかかるはずなのに死亡確認の時にはすでに止まっていると言われました。 何故もっと早く知らせることができなかったのだろうかと少し不信感を感じました。 コロナが5類になったとは言えそう簡単に面会はさせられないのは分かるのですが、独りで逝かせてしまったし看取ることも出来なかったのが心残りで、せめて意識のあるうちに会わせてあげたかったと医師には言いました。 どうにもならない事とはわかっていましたが言わずにはいられませんでした。 私が感染しなければ義父は生きていたであろうと思うと義家族に申し訳なくて仕方がありません。 私が殺したのも同然だと。 主人にも義妹にも私が原因です、ごめんなさいと謝罪しましたが誰も責めません。 優しい人たちなので有難いのですが余計に辛いです。 義母は憔悴しきっていて、責められるかもしれないと思うと怖くて言い出せなかった。 ずるいですよね。 親類やかかわった人にも慕われいていたようで、遠くからも大勢弔問に来ていただきました。 それを見ているとなんてことをしてしまったのだろうと苦しかったです。 もともと持病が有り8年闘病して痴呆が出てきていましたが、薬との相性も良かったようで病状も落ち付いていて体力は落ちてきてましたが元気でした。 まだしばらくは生きれたでしょうに、私が殺したようなものです。 自分を責めるな、誰も悪くない、仕方がない事だとまわりは言いますがどうしようもなく心苦しくなります。 人前では気持ちを誤魔化し平静を装っていますが、義母や主人の落ち込み様を見ると申し訳なくて… もともと過去の嫌なことを思い出して後悔し落ち込む質なのです。 これから自分や周りとどう向き合っていっていいのか分かりません。

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母の死に冷静すぎる自分が嫌になる

昨日母が亡くなりました。いわゆる孤独死みたいな状況でした。きっと最後は辛かったと思います。かわいそうです とはいえ、私は仕事の日程とか諸費用とか手続きとかそんなことばかり考えています。あと趣味の大会の日程調整とか。 それなりには悲しいけどそれなりです。母の身になって考えればかわいそう、というだけで、私自身の悲しみとは違う気がします。もともとあまり関係が良好ではなく成人してからは不仲でした。しかし子供の頃には良い思い出もあるというのに。 自分自身にがっかりしてます。何でこんなに冷たいんでしょう。我ながらなんかおかしいんじゃないかと思ってます。 母の生前は苦しかったろうし寂しかったろうと思いますが、死んだらそれまでだなあと思うのが本音です。 浄土真宗の人だったので、仏様がいるとすれば阿弥陀仏が死後のことはなんとかしてくれるでしょ、みたいななげやりな気持ちもあります。母は駄目な人でしたが、そういう人でも、家族にろくに供養されなくても、阿弥陀仏はなんとかしてくれるって聞いてます。生前一度でも南無阿弥陀仏と唱えれば仏様との縁が結ばれて、すべての衆生を救いたい阿弥陀仏の本願によって西方浄土につれてってもらえるんですよね? もう私は供養とか関わり合いになるの嫌だ。 私もきっと一人で苦しい思いをしてのたれ死ぬんだろうなあと思います。

有り難し有り難し 21
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ