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強すぎる独占欲、我が儘と向き合うには

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はじめて相談させて頂きます。
現在「何もかもが自分の思い通りにならない不満感」そして「そんな自分に対する嫌悪感」に日々振り回されている状況です。

常に自分の世界に閉じこもる癖があり、他人に踏み込まれるのが嫌で仕方ありません。
誰かと楽しい時間を共有したり、趣味を通じて繋がるといったことが絶望的に下手で、他人と向き合うと必ず相手を消耗させてしまい、悪い結果に終わります。

自分の好きなものは独り占めしたいし、他人と好みが被ると不愉快な気持ちになります。
自分自身がコミュ障なだけでなく、他人が目の前で仲良く楽しげに振る舞っていると苛立ちを覚えます。
(私がこんなに嫌な気分なのに、何でお前達は笑ってるんだ!という感じです)
最近は他人の話し声そのものが不快になってきたので、聴覚過敏の傾向もあるのかもしれません。

幼少の頃から何度も指摘されてきましたが、私は非常に自己中心的な人間なのだと思います。
不満があるのに、それを表に出せずイライラしているので、いつも人に避けられてしまいます。
家族とも遠く離れて一人暮らしをしていますが、この状況はきっと今後も続くのだろうと思います。

時折「我が儘を通せる強い人」に憧れることがあります。
私と同様に自己中心的な性質であっても、パートナーや友人に恵まれていたり、社会で一定の役職についている人を見ると、この歳で何も得られていない自分にまた腹が立ちます。

すみません。何だか支離滅裂な文章になってしまいました。
物凄く生きづらい性格なのは承知していますが、それでも生きていかなければならず、自分の中でどう折り合いをつけたらいいのか分からないのです。
恋愛や結婚は諦めていますし、孤独死も覚悟の上ですが、せめてこれからの人生を心穏やかに過ごしていけたらと思います。
アドバイス頂けたら幸いです。よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

磨けば光る

"物凄く生きづらい性格なのは承知していますが"
体臭のキツイ人がいるように、フケが出やすい人がいるように、これも一種の体質のようなものですね。毎日入浴してボディケアをするように、心も清潔に保てるよう継続的なケアをするとよいでしょう。

・ごめんなさい
・許してください
・愛しています
・ありがとう

これはハワイの先住民たちに伝わる【ホ・オポノポノ】という一種の呪文です。これを心の中で自分に言い聞かせるように唱えましょう。慣れてきたら、テーラワーダ仏教の【慈悲の瞑想】にも挑戦してみるといいと思います。

<追記>
"自身をケアするというのは盲点でした"
みんな、意外にそうなんですよね。
テーラワーダ仏教の【慈悲の瞑想】の一言目は、「私は幸せでありますように」だったりします。

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おきもち

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質問者からのお礼

遅くなりましたが、ご回答ありがとうございます。
「他人に目を向けられない自己中な自分」に悩んでいたので、自身をケアするというのは盲点でした。
教えて頂いたことを実践しつつ、継続的にケアしていきたいと思います。

「煩悩」問答一覧

「足るを知る」と「向上心」のバランス

明けましておめでとうございます。 全ての皆様にとって、健やかな一年となることを祈念いたします。   *   「足るを知る」と「向上心」をどうバランスさせるかについて質問です。   ■質問の内容 ・人間の煩悩はキリがありません ・煩悩とうまく付き合うために「知足」が重要との理解です ・一方で、より良い生を営むには、「向上心」が必要です ・しかし「知足」「向上心」は、ときに相容れないように思われます ・そこで、両者の使い分けについて、ご意見を頂戴したかったもの   ■質問の背景 ・私は肉体や精神、能力等の向上(=欲求を満たせる自分に成長すること)を目標として努力してきました ・結果、自分自身や周りの人の幸せを実現できると考えてきたためです ・しかしある時、幸福度は上昇していないことに気付きました ・そんな時に「知足」の重要性に気付き、「向上心」との折り合わせについて強い興味を抱いたものです   ・両者の使い分け方法について、下記2パターン考えました   ■仮説① 行為の目的(相手のため/自分のため)で、以下の通り使い分けるべき 【良さそうな例】 A「相手のため」×「向上心」 (例)より喜ばれる仕事をしたい B「自分のため」×「知 足」 (例)菜食で十分 【悪そうな例】 C「相手のため」×「知 足」 (例)今の仕事の質で十分 D「自分のため」×「向上心」 (例)より美味しい食事をしたい   ■仮説② ・「知足」と「向上心」のバランスを考える必要は無い。 ・自らの欲求を満たせる自分に成長する「向上心」が重要である ・逆説的だが、向上心(欲望)を満たした経験により「足るライン」を把握できるようになる ・肥大する向上心(欲望)を実現した経験が、「自らを満たさない、長く続かない」ことを体感させる ・知足は、頭で理解するものではない。体得させる必要がある    (例)お金をもっと稼ぎ、食事にお金をかける。結果、最高級の焼肉もファミチキも両方美味しいし、どっちも幸せで、(実は)どっちも大差ないことを体感する。 しかしずっと貧しいままだと、どうしてもやせ我慢での知足となる。「知足の習得」には、欲求を満たして「こんなもんか」という体験が必要不可欠。 お釈迦様が王子の頃に豊かだったことは、悟るための必須条件。。?   少し漠然とした問いで申し訳ございません。 どうぞよろしくお願い致します。

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