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「煩悩」問答(Q&A)一覧

2026/08/04

結局煩悩の赴くままに生きてしまう

質問失礼いたします。 私は浄土真宗の門徒であり、阿弥陀さまのお働きによって、この命を終えたときには極楽浄土へ往生させていただけるという教えに深く心を惹かれています。 ところが最近、御文章などにもある「後生の一大事を心にかけて」という言葉を強く 意識するあまり、後生のことばかり考えて生活してしまっているように感じます。 そのため、周囲から「体に悪いからタバコはやめなさい」「一日三食きちんと食べなさい」と言われても、「浄土へ参らせていただくのが多少早くなるか遅くなるかの違いにすぎないのだから」と考えてしまい、喫煙も続けていますし、健康に気を遣った生活をほとんどしていません。 もちろん、このような考え方は、おそらく本願誇りというものにつながるのであり、真宗の教えはそのような生き方をするためにあるのではない、ということは何となく分かっています。 それでも、このような怠惰で、自分の欲のままに過ごす生活を改めることができません。 浄土真宗の教えに照らすならば、このような私はどのように受け止め、どのように考えを改めていけばよいのでしょうか。 少し抽象的な質問内容、文章になってしまい申し訳ありません、 どなたか私の質問に答えて頂けますと幸いです。 南無阿弥陀仏

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2026/08/04

煩悩を捨てたくないです。

元も子もない相談なんですが、煩悩も自分の一部だと思うので捨てたくありません。こう思ってしまうので仏教の考え方にどこかずっと納得することができず引っかかっています。 亡くなった祖母はお寺さんが好きでよく通っていて、お寺さんとの関係もしっかりできていたので、とても温かいお葬式にしていただきました。だからこそ、なんとなくで自分の葬式や宗教を仏教にするとはしたくないなと思っています。 自分の人生や性格を考えた時、欲深くて、野心や負けん気が強くて、でもだからこそなんとかなってきたなぁと思います。それがなかったら、逆境に負けていました。私の父はパチンコにはお金を出すくせに、義務教育以上は自分でという主義で、私は奨学金で高校に行き、バイトをしながら学校の定期や習い事のお金を賄っていました。でも、だからこそ自律した考え方になり、バイトで社会常識も教えてもらえました。社会に出てからも趣味にもっとお金を使いたいから仕事を頑張っていました。 そんな自分の人生を思った時に、死んで仏様になって、煩悩から解放されるというのは、自分が自分じゃなくなるようで怖いのです。欲深いまんまで極楽から子孫を見守るみたいなことはできないでしょうか。

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2026/02/17

「女の敵の女」をやめたいです。

初めまして。このたび、お坊さんに喝を入れていただきたく、ご相談させていただきます。 私はいま、社員の7割が女性の会社で働いています。7割が女性とはいえ、役職についているのはほとんどが男性です。 今日、所長(男性)から、今後の働きに期待しているから、客先訪問についてきてほしいと言われました。大口のお客様ですから頑張ろうと思ったのですが、直属の上司である女性に、「あなたは若くてかわいくて良い子だから接待にあてがわれるのだ」「あなたが行くと言えば私たちも行かなければいけなくなる。迷惑だ」と言われてしまいました。 所長はあくまで、接待ではなく学びの機会だと言います。私ももっと成長したいし、何より所長のお気持ちを信じたいです。 ですが、所内の、ひいては世間の女性の思いを踏みにじる行為であるなら、喜んでばかりもいられないと青ざめました。 もとより私は、心身が丈夫で、家族に熱心に育ててもらい、人に恵まれて大きな失敗なくここまで生きてくることができました。 家族からも「世間にお返しするべきだ」と教わったし、私自身もそうありたいと考えています。 ですがやはり、今回のようなことがあると、世間(今回は女性)の矢面に立って戦うより、自分自身の学びや成長を追いかけたい気持ちが前に出てきてしまうのです。 これは煩悩というほかないと思います。 自分の欲ではなく、世間のほうを向いて自己研鑽するための心構えをお授けいただけないでしょうか。 社会に出てもう4年が経ちます。いつまでも子どものままではいけないと思っています。 ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

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「足るを知る」と「向上心」のバランス

明けましておめでとうございます。 全ての皆様にとって、健やかな一年となることを祈念いたします。   *   「足るを知る」と「向上心」をどうバランスさせるかについて質問です。   ■質問の内容 ・人間の煩悩はキリがありません ・煩悩とうまく付き合うために「知足」が重要との理解です ・一方で、より良い生を営むには、「向上心」が必要です ・しかし「知足」「向上心」は、ときに相容れないように思われます ・そこで、両者の使い分けについて、ご意見を頂戴したかったもの   ■質問の背景 ・私は肉体や精神、能力等の向上(=欲求を満たせる自分に成長すること)を目標として努力してきました ・結果、自分自身や周りの人の幸せを実現できると考えてきたためです ・しかしある時、幸福度は上昇していないことに気付きました ・そんな時に「知足」の重要性に気付き、「向上心」との折り合わせについて強い興味を抱いたものです   ・両者の使い分け方法について、下記2パターン考えました   ■仮説① 行為の目的(相手のため/自分のため)で、以下の通り使い分けるべき 【良さそうな例】 A「相手のため」×「向上心」 (例)より喜ばれる仕事をしたい B「自分のため」×「知 足」 (例)菜食で十分 【悪そうな例】 C「相手のため」×「知 足」 (例)今の仕事の質で十分 D「自分のため」×「向上心」 (例)より美味しい食事をしたい   ■仮説② ・「知足」と「向上心」のバランスを考える必要は無い。 ・自らの欲求を満たせる自分に成長する「向上心」が重要である ・逆説的だが、向上心(欲望)を満たした経験により「足るライン」を把握できるようになる ・肥大する向上心(欲望)を実現した経験が、「自らを満たさない、長く続かない」ことを体感させる ・知足は、頭で理解するものではない。体得させる必要がある    (例)お金をもっと稼ぎ、食事にお金をかける。結果、最高級の焼肉もファミチキも両方美味しいし、どっちも幸せで、(実は)どっちも大差ないことを体感する。 しかしずっと貧しいままだと、どうしてもやせ我慢での知足となる。「知足の習得」には、欲求を満たして「こんなもんか」という体験が必要不可欠。 お釈迦様が王子の頃に豊かだったことは、悟るための必須条件。。?   少し漠然とした問いで申し訳ございません。 どうぞよろしくお願い致します。

有り難し有り難し 66
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