人に親切にするのが怖いです。
こんにちは。読んでくださってありがとうございます。
私は昔から、人に親切にすると、ひたすら面倒が見の良い為に、人に依存されること、なにかと言いがかりを付けられる事が多いです。
生来の世話好きと、相手の気づいていない場所を指摘するためか、良かれと思ってやればやるほど、相手を惨めにしてしまうようです。
私自身も、喜んでくれる人をついつい世話をしてしまう依存的な性格故に、この数年、人に差し伸べる手を引っ込めて、親しい人以外との距離を置いていました。
その代わり、相手が気づかないように何かをしたり、まだ起こっていないトラブルを事前に備えたりしていました。
最近では「なんでそんな事をするのか」と聞かれることでそれにも疲れ、頼まれた事だけをしていました。
しかし最近、とある方から
「普通の人はそうやって、見えないように親切にするんじゃなくて、目の前の人に手を差し伸べる事で親切にしてるんだよ。普通は気に入らなくても差し出され親切は受け取って、それを縁と呼ぶんだよ」と言われ、
ある一日、思い切って、何かの行動を起こす前に「よかったらやりましょうか?」と、声を掛けてみました。
それで感謝も頂いたのですが、何故かその後、血の気が引いて、顔が強張り、手が震えて呼吸が浅くなってきました。
どうやら私は、人に真っ向から親切にすることが怖いようです。原因は良く分かりません。
幼い頃に良かれと思って言ったことが間違っていて嘘つき呼ばわりされた事か、親身に接した人に同じ感情を常に持つように圧力を掛けられた事か。
このままでは、親切にしてもしなくても、嫌々で人を助ける人みたいです。
人と縁を結ぶどころか、益々孤立して行きそうです。
そもそも、誰かを助けるということはそれで失敗した時に、相手の責任を負うくらいの覚悟が必要なのでしょうか。
親切に対する恐怖は、慣れれば克服できるものでしょうか。
お坊さんからの回答 1件
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あなたのために
拝読させて頂きました。
人の為に親切にしてあげること、相手の為をおもって手を差し伸べること、困っている方に施しをすることは善いことです。
素直なお気持ちであなたのできる範囲で人を助けてあげて下さいね。以前言われた嘘つき等のことはあまり気にしないで下さいね。気持ちを思うこと寄り添うことも無理にしなくていいと思います、自然でいいと思います。世間では人を助けることもせずに他人が親切にしていることを悪く言ったり偽善者という人がいますけれども一切気にすることはありません。
人に感謝されるためでもありませんからあなたの素直なお気持ちで人に親切になさって下さいね。その思いや行いは必ずあなたを幸せにしますしあなたが清い心になっていくことに繋がってきます。そのことが徳を積んでいくことのなりますからね。
あなたがこれからも素直なお気持ちで人に施していかれ沢山の方々が助けられ皆さんが幸せに生き抜いていかれます様切に祈っておりますね。
質問者からのお礼
一応素人とはいえ10年ほど継続しているブロガーであるのに、
他の相談で何度か他のお坊様方から「何を言いたいのかわからない」と言われたこと。
自分の感じていること、真意がどう説明しても伝えられないことに、
「私には人に共感を与えることも、まともに相談することも、自分の苦しみを言葉にすることもできないのか」
とショックを受けて、こちらから一年ほど離れておりました。
不義理をしてしまい申し訳ありません。
色々あり、結局、親切は「したい時だけする」
「親切でしたことを、仕事として組み込まれてしまったら自分の裁量でどこまでも好き勝手する」
という辺りを落とし所にすることとしました。その節はありがとうございました。