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人に認められたい、誰かの才能が羨ましい

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有り難し有り難し 24

こんにちは、初めて質問させていただきます。

私はこの先、どうすれば比較的苦しまずにこの先を生きられるのでしょうか。
私は何をしても器用貧乏です。人並みに大体のことはできると自負してはいますが、どれほど努力しても、工夫を凝らしても、私の才能は平凡から域を出ないのです。
それは私の専攻する学業然り、趣味とする小説の執筆然り。そうした「私の最も好きなもの」「人に評価されたいもの」は一際、周りのもっと優秀な人物と比べてしまい、その平凡さを再確認してしまいます。
これまで、1番になれたことがありませんでした。別に全世界で、みたいな無謀な夢ではないのです。私の目の届く範囲のごく狭い世界だとしても、私はどうしようもなく他の人と比べれば劣り、他人から見れば魅力がないのです。
人と比べない方法は、などの自己啓発本は良く見かけますが、この世界はどうしても相対主義でできています。より強力な個性を、でなければ優秀な地頭を。その私が最も欲する人からの評価がいつまでも得られないと確認すると、時々抑えきれない焦燥感と絶望感が溢れて止まらなくなってしまいます。
好きな文章を書いても評価されません。
興味のある分野を研究しても評価を得られません。
時には笑い、時には個性を出して細心の注意を払って人との関係を築こうにも、「友達」はさらに輝く個性を持つ誰かのもとに行ってしまうのです。

私はどうすればよいのでしょう。
できる限りの努力はしているはずなのです。それでも私の全力の努力は他人にとってのほんの一歩にしか過ぎず、私の苦労を易々と超えていきます。
最近好きだったはずの文章でさえも書きづらくなってしまいました。

他人の才能が羨ましい。人に好かれる大多数が羨ましい。自分を保っていられる個性が、羨ましい。
思えば覚えている限り、私の人生はそんな嫉妬に塗れています。
他人の評価から構成された絶対的なこの世界で、誰かの1番になりたいと叶わない夢を抱き続ける何も持たない私は、どのように考えればよいのでしょうか。

長い上に読みにくい質問となってしまい申し訳ございません。
この漠然とした長年の不安に、どなたか助言をいただけたらありがたいです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

才能がないことが才能

拝見いたしました。
私も器用貧乏ですし人並み以上に努力しているつもりですので、お気持ちよくわかります。
ですが、「才能がないことが才能」とも思います。

少し想像してみてください。
抜群のセンスを持つ野球のピッチャーがいたとします。
ピッチャーとして活躍する、それはとても嬉しいことでしょう。
ですが突然「外野に転身したい」と告げたとしたら、どうでしょうか。
おそらく、周囲は認めないでしょう。
「才能あるんだからピッチャーがいいよ」
「お前がピッチャーやらなきゃ俺たちは勝てない」
「お前が外野きたら俺の居場所がなくなるだろ」
こんな声が周囲から湧いてきます。
お分かりでしょうか。
才能がある人は才能がある分野に縛られるんです。
その人が望む望まないに限らず、です。

才能ある人が才能を発揮する分野にとどまるのは地獄です。
強者が集まる実力社会で結果を出し続けないとなのですから。
ですが、周囲は才能を持つ人が他の分野に行くことを嫌います。
つまり地獄で戦い続けなければならない、ということ。
才能がない人はこの縛りがありません。
つまり自由にやりたいことに挑戦できるんです。
認められることも嬉しいですが、それ以上に私は地獄に囚われなくてよかったと思っています。

ですが活躍したい自分は未だいることでしょう。
才能は確かに存在します。
自分の思い通りにことが運ぶ人たちは存在します。
私も嫉妬してしまいます。
ですが後天的なセンスは磨くことができます。
磨き方は単純、『徹底的に相手を想像すること』です。
もし文章を書くことに関してであれば、自分の書きたいことをつらつらと書いて認められるのは才能です。
しかしそんな人は一握りです。
ほぼ全ての人は、自分の書きたいようにではなく、相手が気持ちよく面白く読めるように構成し表現しています。
周囲に作家やコラムニストがいますが、少なくとも全員そうです。
それこそ、自分を嫌いになってまで相手に喜んでもらおう、とする気概があります。
もはや強烈な変態ですよ。
ですが自分を消してまで、相手を想像することができれば、活躍への道が開けてくるのではないでしょうか。

そもそも活躍というのは他人がいてこそ。
他人をどれだけ想像できるか?は大切な要素だと思います。
ご活躍できることをお祈りしております。

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有り難し
おきもち

諸行無常

答えは自分の中にありますね。人から評価を得たいと思いそう行動するから、人を嫉妬するのです。「他人の評価から構成されたこの絶対的な世界」などありえないと、仏教では説きます。諸行無常です。自意識過剰すぎることが、一番の悩みの発端ではないのですか?

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有り難し
おきもち

浄土宗僧侶です。 寺に生を受け、小学校5年で、得度(お坊さんになる儀式)...
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質問者からのお礼

井澤様
コメントをありがとうございます。
自意識過剰のきらいがあるのは確かにそうですね。理屈では分かっているのですがそれでも悩むことを止められないのはきっと私が未熟だからなのでしょう。
自分の欠点を第三者の視点から指摘いただけて嬉しいです。ありがとうございます。

石井様
コメントをありがとうございます。
才能を持つが故の地獄、持たない故の自由という視点は新鮮で悩みが晴れたような気がします。自分は誰よりも自由だとなのですね。
他人を想像すること、確かに私に1番足りないことかもしれません。これから少しずつでも実践してみたいと思います。石井様の言葉を聞くことができて本当によかったです。ありがとうございました。

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