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後悔、不安、自己嫌悪

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有り難し有り難し 9

こんにちは。以前にも書かせて頂きましたが、よくなったり悪くなったりな毎日で絶望感がずっとあります。
自分の不安症と、骨腫瘍の病気と、全く慣れない彼の地元に来てしまった事。田舎の人間関係も狭い所でこの先ここで働いて子育てなんて絶対私には無理!と思っている事、婚約者の彼は私の良き理解者なのですが、仕事が今も、うまく行かず、収入が不安定な事や、生活の中で彼と微妙に合わない所もあり、些細な事で私の気持ちが落ち込んでしまい、上手くいかず、こんな事なら実家に戻りたいと思いますが、コロナで戻れない事や、母はあまり私の事を理解してくれず、母の側にいても傷つけられる事ばかりなので家にも居場所がなく、毎日嫌な夢を見て、朝起き、こんな所でやってけるのか、戻りたいけど、戻れない、でも、病気で働けない私にお金の免除をしてもらってる母に申し訳ない等いろいろな事を考え始めてしまいます。過去を考えては、後悔し、未来にも希望がないと思ってしまいます。仮に、彼と別れて実家に戻ったとしても、こんな病気ばかりの私を明るい方向へ持ってこうと笑わせてくれたり、受け止めてくれる人なんていないです。八方塞がりな状態でなんだか疲れました。希望をと思ってもいろんなきっかけで心が折れてしまい、こんな自分には多分出産も難しいだろうし、この先何をしてもダメなんだと思ってしまいます。文面がバラバラですみません。毎日辛いです。自分がどんどん悪い方向に行ってるようにしか見えなくて、苦しいです。助けてください。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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その時々にできる事を見ていますか?

こんにちは。色々と生活環境などの変化があって、大変ですね。私も遅まきながら、この「自粛生活」の影響らしい違和感というか「自分、ちょっとおかしくなってきたぞ。今までの自分じゃないみたいだ」を感じてきました。
こういう場合は「ああなるか、こうなるか、どうなるか」という「未知・未確定に対する嫌悪感」みたいのが湧きます。人間は言葉を使うようになってから、思考し「将来・未来」といった時間というものも扱えるようになった、と言いますが、まさに未来は手で掴むことができず「言葉の上で考えるしかない」ものです。手で触れれば「触った」というフィードバックもありますが、言葉ではそれを得られない。得られないから余計に欲しくなる。
その悪循環から出るためには「実際に触れるもの」に視点を移していくのがよいと思います。
質問文中に「朝起きると〜と考え始めてしまいます」とありますが、言葉で思考するより、まずは目の前にいる(であろう)彼に「おはよう」を言い、触れてみて下さい。歯磨きをしながら歯ブラシが歯に当たっている事を感じ、顔を洗いながら水の冷たさを感じ、野菜を切りながら繊維が切れていく感じを受け取りましょう。
まずはそういった「確かにあるもの」に自分を晒す。触れる。感じる。前の質問で平本師の示された「五感を使う」ことです。
手持ち無沙汰になったら、自分の体を感じましょう、手首を握れば自分が脈打っていることも感じられます。呼吸に目を向ければ、自分の肺に空気が入ってくるのも感じます。
k思考でグルグルしている」時こそ、確実にあるk自分」に目を向けるのがよいと思います。

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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...
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