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先代猫の供養について悩んでいます。

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先代猫の命日が近づき、気鬱になっています。私は彼女にたくさん救われたのに、最期には癌闘病でとても苦しい思いをさせてしまったと今でも後悔してもしきれません。
特定の宗派、懇意にしているお寺などはないのですが、数年前から命日にお寺で写経をしています。そのお寺はふらりと誰でも寄ってよいところで気が楽でした。
命日の写経のお陰か、悲しみや後悔が毎日毎晩続くのではなく命日前だけになり、この命日をどう過ごすかで一年のメンタルが変わる大切な日になりました。
ですが今年は疫病でどのお寺もしまっており、どのように気持ちの整理をつけてよいのかわかりません。自宅ではまだ元気でやんちゃな猫もおり、写経などとてもできる環境ではありません。
疫病で法要など延期している方々がいるのも重々承知の上で、それでも何か区切りをつけないと今年も前に進めません。最善作を考えてもわからず堂々巡りでとても苦しいです。
このような時に檀家であれば何か策があるのかもしれませんが、ふらふらとさまよってここにたどり着きました。今の私には何ができ、どう乗り越えるべきなのでしょうか。判りません。

2020年5月23日 23:32

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「ご命日」とは

ご相談拝読しました。

大切な存在が亡くなった日の事を「命日」と言いますね。亡日とは言いません。
「命日」は「命(いのち)の日」ですが「命じられる日」でもあります。「命令」の「命」ですね。

命じるのは亡き存在です。何を命じるかというと「あなたの命はどうなっていますか?」と問うてくださっているのです。「命令」という強いはたらきかけを亡き存在からいただく日がご命日。

そうであるならば、その悲しみや後悔や不安は亡き存在からの大切な呼びかけであり促しであるのではないでしょうか。

先に命を終えていった存在が、残された同じく限りある命を生きる存在にその生の意味を問う。そのはたらきに遇うならば命は命終で終わりではありません。ずっとはたらきとして共にあるのです。

私たちは縁によって生まれ、縁によって生き、縁によって死んでいきます。その生き様や死に様は思う通りになりません。

癌で辛い闘病の期間を過ごしたようですがそれも縁なのです。あなたのせいではありません。あなたと楽しく幸せに過ごした時間も縁、癌の時間も縁なのです。

自分にとって都合の良い縁だけを見たらいいという話ではありません。すべての縁を平等に見るのです。共にすごした全ての時間を通してこれからもその猫ちゃんに遇い続けていってください。

さて、ご命日の写経が供養として心の落ち着きの効果をもたらしていたご様子。確かにそうしたことはあるのでしょう。

何らかの儀式や形式が心の区切りや整理に影響するのですね。今は状況的に難しい面もあるでしょうから、ご自宅にお仏壇を設けて手を合わせて線香をあげるというのが現実的でしょうか。

何も行事や法要はなくとも自由にお参りできるお寺を見つけてお参りだけしたり、本堂内に入れずとも外で手を合わすというだけでも少し違うでしょうか。

何かできる範囲で形として行動するのはもちろんよろしいですが、根本的にはあなたの中の後悔や死へのイメージに向き合うことが大切に思います。

終末期の在り方でのみ命を見るのでなく、生まれてから最後まで、あるいはそもそも生まれるという奇跡、そして出会うという奇跡をも含めて命と向き合っていきたいものです。

大切な「ご命日」をお迎えください。

合掌

2020年5月24日 10:21
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有り難し
おきもち


はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

質問者からのお礼

お礼を時間をかけて書いたのに反映されていないようで凹んでしまいました。
ハスノハにたどり着けたこと、回答していただけたこと、それも縁なのでしょうか。
回答していただけた、それだけで「違い」ました。少し心が楽になりました。
命じられた日、という単語もずしりと響きました。ありがとうございました。

「ペット供養」問答一覧

死なせてしまった動物への供養

他のペット関係の相談も拝見したのですが、皆様飼い主としての責務を全うしていて私のような最低の人間とは違いましたので、お坊様お忙しいなか恐縮ですが質問させてください。<BR> 成鳥で譲り受けた文鳥さんをわずか11ヶ月で死なせてしまいました。<BR> 体調が悪そうだったので病院の予約をとったのですが、間に合わず亡くなりました。餓死です。以前お医者様にダイエットが必要だといわれ、餌の種類と量を3ヶ月ほど調整していました。その日の夜、いつもより餌の残りが少なかったのに気づいていたのですが、規定量をいれているのだから大丈夫だろうと思ってしまいました。 朝起こすとゲージの下でうずくまっていました。慌てて手で持ち上げ、餌を目の前にだすと、グッと力をこめて顔を近づけ、でも食べる力はなく、水も飲めず、そのまま手の中で亡くなってしまいました。餌箱は空っぽでした。<BR> どれだけ辛かっただろう、苦しかっただろう、ひもじかっただろうと思うと自分が許せません。今思うと、体調が悪そうだったのも無理なダイエットのせいだったのかもしれません。 病院も予約がいっぱいだからと言われ遠慮してしまっていました。急患で診てもらえませんか、と言い出せなかった自分の気弱さをずっと恨んでいます。なにより餌を足さなかった自分が本当に許せません。なぜ罪のない子が苦しみながら死なねばならず、こんな最低な人間がまだ生きているのかと心底思います。<BR> どうしてもっと手を尽くさなかったのかと後悔してもしきれません。私のしたこと全てが彼女にとって最悪な選択だったように思います。時間は戻らないという当たり前のことが本当に辛く、この世にたったひとつの大切な命を自分が潰したと自覚すればするほど身を割かれるような思いです。<BR> せめてもの罪滅ぼしとして、エゴですが、動物保護施設のボランティアに参加していますが、それがあの子の為になるか分かりません。ペットロスカウンセラーの方とお話をしましたが、その日はすこし落ち着いても、翌日にはまた苦しんでいた文鳥さんの姿を思い出して謝っても謝りきれません。<BR> 骨壷の前に山盛りのご飯とお水を毎日お供えしていますが、それだけでは不安です。私の文鳥さんが安らかに眠れるよう、何かかけられる言葉やできる行い、供養はありますでしょうか。彼女は今は苦しみのないところで救われているのでしょうか。

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こんにちは。ペットの犬の供養について質問させてください。 先日実家で飼っていた犬の一周忌を迎えました。 犬は私や私の兄弟が結婚して家を出るまでは家族で可愛がって居ましたが、父親は可愛がりつつも虐待をしていました。 具体的にはエサやおやつを買い与えはしますが、一声でも夜鳴きをするとすぐに不機嫌になりすごい勢いで寝室から外へ飛び出してきて水入れや犬を蹴飛ばすといった行動です。私や兄弟が父親の逆鱗に触れないよう深夜外に出て犬を宥めたりしていましたが、夜間一声でも鳴くと即怒り出すので、手に負えないような状況でした。私や兄弟が結婚し家を出てからは普段はきちんと世話をしてくれていたようですが、虐待については止める人間がいないような状態でした。 また、犬の死に際にも介護をしようとする祖母を恫喝し、「うるさいからさっさと殺せ、早く死ぬように水も与えるな」と言い放っています。私は嫁ぎ先の事情で引き取れず、犬には苦しい思いをさせてしまったと後悔しています。 遠方ではありますが死後犬を引き取り、私の嫁ぎ先の近くにある霊園で火葬と供養をしていただき、時折私は手を合わせに行かせていただいています。 しかしあんなに可愛がっていた兄弟は手を合わせに来たことはなく、父親に至ってはあんなに虐待しておきながら「犬が居なくなって寂しい」と私に言ってきます。 私も虐待から守ってあげられたわけではなく、そんな私が手を合わせても本当に犬は救われているのだろうかと申し訳なさが勝ります。 犬にもあの世があるのなら、犬はそこで少しでも救われているのでしょうか。私は今からでもしてあげられることがあるでしょうか。 まとまりのない文で申し訳ありません。

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