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嫁ぎ先がお坊さん便を使うこと

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死後の世界はわからないものだとこちらでも他質問でいくつか拝読いたしました。

現代では亡き親族の供養の仕方は様々かと思います。いろんな考え方があって当たり前だと思うのに、いざ自分のことになると気持ちがついていきません。
私は名家出身とかでは全くないですが、両親はあるお寺の檀家として必要だと思うことはやってきておりました。父は亡くなっております。

私自身、それが普通だと思って生きてきまして、嫁いだら私の実家のお墓に入れなくても、宗派は違えども、嫁ぎ先のお墓・御先祖を大切にし、供養や法要等やるものだと思っていました。

しかし、主人の実家では檀家などの概念がありません。そのような考えがない方も現代にはいらっしゃると分かってはいます。
こちらでも、葬儀は必要なのか、法要は必要なのか、お墓は必要なのか、、、などと、類似の質問はあるかと思います。
ただ、義祖父の亡き後、葬儀はお坊さん宅配便…法要は最低限…。なんだか寂しいような、理解できない気持ちになってしまいました。
ですが、そのときに来ていただいた和尚さまには私としては感謝しかありません。
私自身、正直仏教について詳しく存じている訳では全くありませんのでこのような質問をさせていただくこともどうかとは思うところもあります。
ただ、気持ちの置き所をどうしたら良いのかわかりません。厳しいお言葉でも構いません。何かお示しいただけたら幸いと思い、質問をさせていただいました。よろしくお願いいたします。

2020年7月5日 22:17

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お坊さんは延長コードのようなものです

ご質問有難うございます。
拝読させていただきました。

さて、ご供養の在り方ですが、ささゆりさんのおっしゃる通りその形は様々です。
たしかに地域差や風習の違いもあるかと思います。
どちらかというと、お坊さん便というサービスを利用される方は都市部の方が多いのではないでしょうか?

ここで忘れてはいけない大切なことは、供養とは「誰が、誰のためにするものなのか」ということです。
供養は何も、故人にお経を読んで、ご回向するだけではありません。

・生前好きだったものやお花をお供えする
・亡くなった故人を敬い手を合わす
・自分を大切にし、周りの人も大切にしていく

これらのことはすべて亡くなられた方の供養につながるのです。
お坊さんがこれらをすべてカバーするのは難しく、ご遺族の方だからできることがたくさんあります。

もちろんささゆりさんのご実家がお墓・ご先祖さまを大切にし、菩提寺に法事などをお願いしているご供養の仕方は大変素晴らしいことです。
きっとご先祖さまも供養をしてくれた方をお守りしてくれることと思います。

しかし、これがもし「お坊さんに丸投げ」されているとしたらいけません。
(もちろんそのようなことはないですね・・)

お坊さんは、故人とご家族をつなげる延長コードのような存在です。

たとえ、お坊さん便で来てくれるお坊さんが毎回違っていても、ご供養はご家族が亡き故人に行うものだという認識をしていただければよいのではないでしょうか?

習慣や環境、考え方の違いなどから疑問に思うことや戸惑うことも多くあろうかと思いますが、ささゆりさんの今後の人生が豊かであるようお祈りしております。

2020年7月6日 5:31
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合掌 私は日蓮宗の坊さんです。 2人の男の子を持つ父親でもあります...

御縁のきっかけが、お坊さん便でも構わない。

嫁ぎ先には菩提寺が無かったということですね。
それでも
直葬ではなく御葬式をされたのですから
まだ良かったのではないでしょうか。

立場上リードするのは難しいでしょうが
御供養に関していろいろ案を出すのはアリだと思います。
今回の導師のお坊さんは良い人そうなので
今後はその方にいろいろ尋ねてみてください。

2020年7月6日 11:44
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和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

質問者からのお礼

御礼が遅くなり申し訳なりません。

供養の方法は、まずその気持ちがあってこそですね。

今後、またお坊さん便でのご縁がある和尚様がいらっしゃるかもしれません。

一つ一つ大切にしていきたいと思います。

ご回答いただきましてありがとうございました。

「お坊さん・僧侶全般」問答一覧

乞食と喜捨に関する考え方

こんにちは、托鉢や乞食に関して、周囲の理解を得たいです。 私は地方都市に住んでいるのですが、街中でよく托鉢を行う人を見かけます。 お財布にゆとりのある時には小銭程度ですが、托鉢を行う方にお分けする事もあります。 …しかし、基本的に一緒に居る連れにはいい顔をされません。 「仏教には喜捨という概念があって、捨て去る事を有り難いと思う、そういった機会を与えてくれる事に感謝するっていう考えがあるんだよ」と説明はするのですが、あまり納得してもらえません。 私は小額で人の為になれれば嬉しい、そんな程度の考えで托鉢をなさる方に施しをします。 ですが、連れには大体の場合、「ああいうのはホームレスとかが僧侶などに変装してやっている。何も知らない人の善意を踏みにじる行為だからそんなものに手を貸すなんて」という具合の反応を返されてしまいます。 連れの言いたいことはわかります。ですがそもそも喜捨に関しては相手が誰だろうと関係ないものと認識しています。 しかし、それを連れに言ってしまうのまるで大事な連れを分からず屋扱いしてるような言葉になってしまいそうな為、いつも「小銭でも喜ぶんだからいいだろ」と終わらせます。しかしその言葉もまた托鉢をしてる方を、私が悦に入るための道具扱いしてるようであまりいい気分ではありません。 ところで私は敬虔な仏教徒ではありません。 人の為にどうのというのも、昔やっていたボーイスカウト活動にて「困っている人を助ける機会は善行を積む機会を頂ける」という考えを持っているからです。(この辺りは喜捨と似ているかもしれませんね) そのせいもあって、あまり詳しい仏教的な教えなどは語れなくもあるのです。 長文乱文になってしまいましたが、要は人は助け合うべきものであり、自分もいつホームレスの方々のようにモグリの托鉢や乞食をせねばならなくなるかわからない以上、誰かに何か出来る時はしておくべきだと思うのです。 こういった考え、仏教的な価値観を持たぬ身近な人に、角を立てずにわかってもらうにはどうしたらいいでしょう? わがままな話ですが、友人は大切なので「アイツは変わり者だ」と思われて距離を置かれるのも、「なんだか面倒くさいヤツだ」と思われて距離を置かれるのも嫌なんです。 支え合いこそ人類の本質にして美徳、そして自己のためでもあるのだとただわかってもらいたいのですが……

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坊さんなのにこれからの将来が見えない

実家が寺で、仏教系の大学に通っている僧侶見習いです。 僧侶が社会システムにおいて必要とされる意義が「人に仮初の夢を見せて心のケアをする」以外しか見いだせなくてこれからの将来に絶望しています。 僧侶は、昔みたいに医者の代わりや教員の代わりをする訳でもなく、月回向や葬儀関連で人々の心を慰めるくらいしかしていません。 僧侶が利益(りえき)を得ることを人々は否定します。実際、聖職であるが故に本来は金銭を対価に何かをするというのはあまりに俗に塗れているような気がします。布施はそれ自体が神聖なものであることは分かっています。 しかし結局のところ、(観光という商売をしている寺は除いて)寺やそこにある僧侶という存在は「嘘をついて金を檀家さんや信者さんから貰う」ものに過ぎないのではないか?と思ってしまっているのです。 道徳を説くならそれはカウンセラーでも哲学者でも構わないわけです。 では僧侶が持つ他とは違うアイデンティティとは何かと言ってしまえば「仏教という仏になる為の指針」なのですが、結局のところ今の今まで人の身で完全に釈尊(応身)と同じステージに立った者もいない訳で。 本当に仏となることが出来るかも分からない教え、しかも数多の偽典があるであろう経典の内容を引いてきて、悩める人々に滔々とそれを説く。自分の中ではこれから自分がなる僧侶という職は、そんなもののように思えてしまいます。 私よりも遥かに経験を積み、たくさんの経典を読んだここにいらっしゃるお坊さんの方々に、私の悩みをただ、聞いて欲しいです。そして願わくは、自分の中の仏教に対する、僧侶に対する悪感情を解く何かを教えて欲しいです。 散文的になってしまい、申し訳ありません。宜しくお願いします。

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