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気持ちが晴れません

回答数回答 2
有り難し有り難し 27

私は小さい頃、母親にお前は拾った、橋の下で拾った子と言われ育ちました。父親も母親も弟を可愛がり、比べられて育ちました。弟を憎み、両親を憎みました。今そんな話をさらっとしても母親はそんなっと笑います。私が悪いかのように言い取り合いません。でも今でも弟と弟の妻はいい人である。私や私の妻と理由もなく差を付けることを平気で言ってきます。私は幼い頃から劣等感を強く持ち、人より下に置かれることに恐怖と脅威を感じるようになりました。
今は介護の職場にいますが、私が見るに上司に上手く取り入り自分は楽な仕事しかせずにのさばっている職員がいます。
私は自分が正しいとか、相手が間違っているとか言うより、自分が評価されない
結局差を付けられることに絶望してしまうのです。幼いころと自分の人生が変わらないことを。今までずっとこうだった訳ではありません。良い出会い、評価してくれる人、仲間との出会いもありましたが自分の心のやり場に困ってしまうのです。教えてください。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

さあ、今日から変わりましょう。

うしくんさんのご心痛お察し申し上げます。

私も生まれた時は、父が厄年ということで、町角に実際に捨てられたそうです。
もちろん、他の親族が拾い上げたそうですが、よく橋の下で拾ったとも言ってましたね。これは昔の人たちの、子供対する戒めのようなものだったのかもしれません。

さて、
言った方は覚えていないが、言われた方は覚えている。
言われた方は、そのことで人生の躓きや、上手くいかない理由にする。

ところで、うしくんさんは、これからどんな人生を望みますか。
いつまでも言われた事を根に持ち続けるか、それとも今の家族や友人を大切にしていくか。選択はそれだけです。

後者を選んだならば、過去のことは忘れましょう。いつまでも考えていても解決はしなのです。何故なら、言った人たちは覚えていないし、仮に覚えていても、うしくんさんが考えているようには思っていないのです。

うしくんさんを正しく評価してくれた人がいるならば、これからも、うしくんさん次第でどんどん増えます。それでいいのではないでしょうか。

もう過去の自分とは決別してください。
うしくんさんを必要としている人はいます。ゆえに、いつまでも過去に囚われないでください。それがこれからの生き方です。
頑張りましょう!

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有り難し
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お疲れ様です。。。

難しいことはわかりませんが、生きていると、「下」にされることはよくあります。

なぜ上下をつけないと、人はおちつかないのでしょう?

これは本能、遺伝子でしょうか?

・・・自分の価値ってなかなか自分ひとりでは決められないですよね。

ましてや傷ついて大きくなってきて、対人関係に不安をもっていると、ハンディキャップになりますよね。

これも現実、世間とはそういうものなのだと、割り切るしかないのでしょうけど、心が耐えられませんよね。

家族の中での評価も、会社の中での評価でも、一つのモノサシだと思うんです。

そのたった一つだけで、80年の人生をはかられたくないですよね?

これからもいろんなモノサシに会うでしょう。

そんな中で密かにあなたのモノサシを完成させていってください。

でも、こういう悩ましいことって、実際すべてが遺伝子のためにおきているんでしょうね。

上下をつけるのも遺伝子。

下にされて、怒り、悲しむのも、遺伝子のあらわれ。

みんな、なんでそうなっているのか、自覚している人なんていない。

自動的に生きて、そうなっているんですよねえ。

・・・呟きになってしまいましたね。

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有り難し
おきもち

人生も階段ばかりじゃしんどいです。 たまには踊り場で一緒に泣きませんか? ...
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質問者からのお礼

鈴木氏ご解答ありがとうございます。
気持ちがすっとしました。過去のことは忘れるよう努力し、前を向いていきます。自分が評価されない人間というような思い込みトラウマがなかなか取れません。とりあえずがんばっていきます。

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