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今の人は弱いから精神疾患になる?

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前の会社の社長が、今の人は弱いから精神疾患になるとか豪語していたのですが、それって昔は精神疾患に対する知識が社会全体になかったからあまりいないように見えただけでは?と思い、あの社長は人権感覚が希薄な人物だったのか?と感じました。数年前、相模原の障害者施設で障害者を殺害した植松聖という人は障害者は社会のお荷物だから必要ないとか言っていましたが、あの社長や植松の考えに沿うなら、最後には自分達も抹殺され排除されるということが分かっていないですね。
私は作家の安部公房が好きなのですが、彼が作品を通して言いたかったことは、人間社会は動物界の弱肉強食とは違い、弱者を社会の中に包含し、権利を与える「逆進化の法則」によって進歩してきており、弱者に向かって世の中は動いているということだそうですが、この考えは当たっているのでしょうか。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

普通に生きる。

ご質問拝読いたしました。
弱いということは、
逆に言うと、
強いことが絶対的な価値
なのでしょうかね。
全くのナンセンス話です。
愚僧は障がい者関連の仕事に
長く携わってまいりました。
知的障がいの方々と、
接することがありますが、
この娑婆世界で決めた基準で、
そう判断されただけですよ。
計算ができない、
パソコンが使えない、
それがなにか?
と思います。
逆に、
単調な作業でこちらが、
飽きてきますが、
まあ黙々と敬服します。
集中力が違います。
こちらの学びですよ。
言われたことに対して、
好き嫌いはあるにせよ、
信じますよ。
計算高く、これやっても
こんな時給にしかならない、
とか、
愚僧はついつい卑近なことを、
考えてしまいますが、
利用者のみなさまは、
これを給料をありがたく、
いただいています。
本来なら、
不惜身命、
働き惜しみをしない、
給料などにかかわらず、
働く機会を与えてくれたことに、
感謝して一生懸命に働く。
愚僧の学びです。
愚僧は骨接ぎもしていますが、
やはり後半疲れてきます。
そんな時は、
利用者さまを思い出すことに、
しています。
いま目の前の患者さまに、
精一杯、施術できているか?
自問自答します。

障がいがあるとかないとか、
弱いとか強いとかではなく、
これらは単に一つの尺度
ではありますが、
絶対的なものではないのです。

まわりがどう評価するのか、
考えるのかではなく、
ご自身がどれだけ、
まわらの方々に、
親切にできるのか、
優しくできるのか、
困っている時に、
手を差し伸べることができるのか、

人は変えられません。
しかし、
ご自身はご自身の意思で、
変えることができます。

出来るだけ笑顔で、
優しい言葉で話す。
あいつは弱いんだ!
ではなく、
困っているなら、
サポートできる人に、
愚僧はなりたいと、
思います。

ご活躍を祈念いたします。

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浄光寺の三浦康昭です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向きに楽しく愉快に生きていくためのヒントを自分自身も考え続けながら、また少しでも皆さんのお役に立てればと考えています。できるだけ、わかりやすく簡単にお答えしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。現在も整骨院をやっていますが、医療福祉関係の仕事に長年従事してきました。他に、知的障がい者施設の仕事に関わらせていただいています。また、イジメや引きこもりなど子どもたちのために何かできることがないか、現在模索中です。フリースクールをお寺で開講予定しています。仏教特に浄土学は死ぬまで研鑽だと思っていますが、居眠り専門なのが、課題です。

人ではなく環境

人が弱くなったのではなく、環境が激変したのです。

携帯が出てきてから、パソコンが普及してから、インターネットが普及してから、精神疾患は、軽症化して増える傾向にあります。

昔はよほど追い詰められないと、精神疾患にはならなかったのですが、今は簡単になってしまう世の中です。

しかし、薬物療法の発達は、精神疾患に光明を与えました。

精神障害者というカテゴリで、社会復帰が可能になったのです。

障害者雇用には、まだまだ問題はありますが、ないよりマシです。

私は精神障害者ですから、なおさら当事者として感じています。

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浄土宗僧侶です。 寺に生を受け、小学校5年で、得度(お坊さんになる儀式)、その後宗門大学(浄土宗の僧侶養成機関)である大正大学佛教学部で学び加行(住職修行)を得るための修行)を受け浄土宗教師(浄土宗の正式なお坊さんとしての、住職資格)を取った後、某寺に入寺、京都の大本山黒谷金戎光明寺内にある浄土宗教師修練道場(浄土宗教師が更に1年間研鑽を務める場)にて1年間修行研鑽、その後も研鑽を続け、教学(浄土宗を中心とした仏教の教え)・法式(お経のあげ方・儀礼)・詠唱(ご詠歌・和讃)・布教(教えの伝え方)・雅楽の研鑽を積んでいます。 がしかし、もともと小学校時代から精神疾患で、大学で精神科初診、20代は通院しながら、学業・修行・僧職を勤めていましたが、30代で仕事と結婚のストレスがさらにかかり、大きく心身の体調を崩して入院して以来、寺は休職しています。そして、今は寺を離れ草庵に暮らしています。 2003年に大きく体調を崩して、入院以来入退院を23回繰り返しています。40代過ぎから、徐々に精神的に安定し、50代手前の最近少しバイトが出来るようになりました。デイケア、障害者職業訓練、B型就労支援事業所とステップアップし、単発派遣から初めて、バイトで、2社に勤めて、体調悪化で入院してこの2社をやめて、今は3社目のアルバイトをしています。その中で得られた人間的成長の気づきもフィードバックしていきたいと思います。 精神障害2級の統合失調症・双極性障害・不眠症持ちです。 こんな私ですが、どうぞよろしくお願いいたします。 連絡先は、blister55.takahiro@gmail.com
対応できる時間は昼間です。音声のみにてお願いいたします。体調などにより対応できない場合もあります。専門分野は精神疾患・恋愛・人生・仕事・浄土教などです。よろしくお願いします。

【依法不依人】人に依るな、法に依れ

"ということだそうですが、この考えは当たっているのでしょうか"
この質問は適当だとはいえない、と私は思います。

坊さんが「そうだ」といえば、正しいのか?
坊さんが「ちがう」といえば、間違いなのか?

作家・安部公房氏の主張に共感したなら、あなたの人生、日々の生活を以てその正しさを証明すべきだ。

安易に坊さんのお墨付きをもらおうとするのではなくて。

hasunoha.tenrakuin@gmail.com

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【公認心理師】 【レンタルお坊さん】活動中。 とりあえず何でも相談してください。 でも、悪い事とやりたくないことはやりません。 https://www.facebook.com/rental.monk rental_monk hasunoha.tenrakuin@gmail.com
平日は夜間のみ対応可能。

質問者からのお礼

皆さんありがとうございました。
自分でも考えてみます。

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