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難病の母親

回答数回答 1
有り難し有り難し 25

母は10年前から難病を患っています。実家で父と二人暮らしです。身体はなんとか動くのですが老老介護の状態なので私も時々、足を運んでいます

母は自分の病気を受け入れる事が出来ず、ドクターショッピングを散々して来ました。藁にもすがる思いは、当然だと思います。最近、病院も絞り落ち着いてたなと思いきや、圧迫骨折の痛みでとにかく病院に連れて行ってと始まり父が連れて行きました。そこの病院は難病でかかっている病院ではなく以前、何度か行っていた整形外科でした。そこで両親はドクハラを受けて来たそうです

自業自得だとか、ガンで言ったら末期で施しようがないなどです。その上、折角 来たんだから骨密度を高める為に自分で2年間、打つ高い注射を勧めて考える余地を与えない状況にさせられたようです。しかし、お金の持ち合わせもなかったので父は一旦、引き揚げてきました。

母には私からもそんな医者の言う事なんか聞かない方が良いし、第一、目的は痛みを取るものではないし誤解してると言ったのですが、本人は切り取った部分しか診ない医者の言う事を間に受けているのです。とりあえずかかりつけの先生にも相談してからと言う事になりましたが。

母は病気から来る痛みを何とかしたいと言う一心だけなのですが残念ながら痛みは取れないとかかりつけの先生からずっと言われています。私達も何度も言い聞かせるのですが全く、聞き入れないので本当に大変です。痛みが出る度に無駄なお金を使い、高齢の父を当たり前のように使う始末です。施設には経済的な面で入所が難しいのですが母より年上の父がいなくなったら、どうにか施設に入所してもらうようになるのかと考えています

病気を認めずかかりつけの医者にも信頼をせず、周囲の話にも耳を貸さず、あちこちの医者からの言葉に混乱してしまい、苦しみを積み重ねてしまう母にどうしたら良いのか悩んでいます。

私が仕事を辞めて面倒を見てあげなきゃダメかなと思ったり。でも辞めたら子供の進学を断念させなければいけないし。

母もそうなのですがそれ以上に父の事も本当に気掛かりでなりません。後悔先に立たずですが、どちらかが亡くなったらあの時、私はもっと助けてあげられたのではないかなどと自責の念に陥るような気がしています。

宜しくご助言お願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

現状で最善のことをしている

考えて考え抜いた結果であれば、どのように行動しようが、あるいは行動できなかったとしてもそれが現状での最善なのです。最善を尽くしたことを後から後悔することはありません。
八方塞がり。出口の見えないトンネル。優先順位などない。こんな時には仏様に手を合わせることです。
お母様も痛みがでるたびにお仏壇の前で一所懸命に手を合わせることです。
医者も所詮は人間です。人智には限界があります。そしたら仏という人智を超えた存在にすがることが大切です。
はっきり申し上げます。
仏様に手を合わせる気持ちがある人は心安らかです。先祖ではないですよ、仏様、仏様に手を合わせるのです。先祖は絶対に生きている者を助けたりはしません。
仏様に手を合わせるのです。

25
有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

ご回答、ありがとうございます。

私の家には仏壇があるので手を合わせる事はもちろん、お花やお菓子をお供えしたり、心の中でお話をさせて頂いておりますが、そういった事から母の所は縁遠くなってしまっているなと気付かされました。

今度、母に心の中で良いから手を合わせる事を言ってみようと思います。
「 合掌」

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