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人を信じることが出来ません

回答数回答 1
有り難し有り難し 9

私は、家族・友人・恋人・その他の人を信じることが出来ません。
信じて裏切られるなら、最初から信じない方がいいと思ってしまいます。

どうせみんな裏切るんでしょ。という考えがあり、信じられません。
裏切られて傷つきたくないと思い、信じられません。

しかし、私が信じてないと相手に分かってしまえば相手が傷ついてしまう可能性があり、、、
なので、極力人と関わらないようにしています。

どうしたら誰かを信じることが出来ますか?


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

期待しないことです

解決には少し遠回りですが、以下のことを少し考えていただきたい。

布施とは
布施した相手、布施した内容、布施した事そのも、この三つを忘れることです。
忘れるから傷付くことがない。
私にとってこの回答はあなたへの布施です。

期待しないことで傷付くことは防ぐことはできます。
しかし、波風たてず傷付かない人生はつまらない。
傷付くほどに人を信じきるドラマチックな人生を歩む方が、今自分は生きているんだと実感できるはずです。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

ありがとうございます。
傷つくことをおそれず、ドラマチックな人生にしていこうかなと思いました。ありがとうございます。

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