また、支援職員から洗脳されました
いつもお世話になっております。
私は発達障害でご支援を賜っています。基本的には善良な
支援職員の方が多いのですが、一部、価値観が古いもしくは
反社会的な支援職員がいます。
私はこれまで二度ほど、支援職員から洗脳を受けました。
一度は民間の訓練施設。ある座学の日に、スクリーンに
「健常者と接するときは、心に剣と鎧を持て。健常者は
障害者の敵だ。友達でも油断してはいけない」
と映し出されました。
また別の日は、その施設の職員が、お寺の博物館が障害者
割引に対応していないことに腹を立て、「受付の態度が悪い」と
いちゃもんを付け、レセプションの机を叩きながら怒鳴り散らし
たそうです。利用者ではなく職員が、です。
その施設と縁が切れ、次は訪問看護。ある看護師が、何かに
つけては「差別がありますからね」と言ってくるのです。
挙句の果てには、私が
「エレベーターに乗ろうとしたら乳母車を押した人が来たので
開けて待っていていました。ゆっくりで大丈夫ですよ、と声を
かけて乗せて差し上げ、楽しく世間話して別れました」
などと前向きな話をしても、「でも差別もあるから!」と言って
きます。
その訪問看護とも縁が切れ、今は新しい訪問看護にお世話に
なっています。そちらの看護師さんとは関係が良好なのですが、
次は保健師です。
私が
「昭和から平成に比べたら、随分、理解が進んできたと思います。
保健師さんもそう思いませんか」
と訊いたら
「私の知らないところでは差別があるかもしれません!」
と言われました。
「扇動ですか?」
と尋ねたら
「リケブツさんがそう思うなら申し訳ない。もう話すのはやめ
ましょう」
と言われました。
さすがにおかしいと思い、上席の保健師さんに報告しました。
上席さん謝罪と、この保健師に対する指導を約束してくれました。
その影響でまた、昔のように
「私は皆さんに不快な思いをさせているのでは」
「私は障害者だから、皆さん嫌がっているのでは」
と不安になり始めています。
私はご協力が必要なので、ヘルプマークを着けています。それで
皆さんを不快にさせているのでは…という不安がまた蘇っています。
他の支援者さんは
「リケブツさんが思っているほど怖い社会じゃありませんよ」
と言ってくださいましたが。
また、生きづらくなりそうで不安です。
発達障害あり。 知的障害者にトラウマ。 大っ嫌い怖い。 不動明王と婚約した身として そんな事言っちゃダメなんだけどね
お坊さんからの回答 3件
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普通にお付き合いをしています。誰もが優しい社会でもあると思う
ヘルプマークをつけていても、配慮はどの人に対しても必要であり、大事なことですよね。ですから、ヘルプマークをつけているから、不快になる、迷惑になる、ということはないのですよ。
たとえば、ヘルプマークの有無に関わらず、階段の手すりを持って歩きたい人は、手すり側に寄りますし、必要じゃない人は避けて歩きますよね。これも配慮。
エレベーターも、自然と開閉ボタンを押してくれる人がいたり、レストランで食べ終わって行列が出来ていたら長居せずに席を譲ったり。
気づいた人が、優しさを向ける。それは誰に対しても思いやりですし、気づいていなければ声を掛け合って配慮していく。
私の知り合いや友達にも、ヘルプマークをつけている人がたくさんいます。何かあったら言ってねと伝えていますし、普通にお付き合いをしていますよ。誰もが優しい社会でもあると思うのですよ。
どれだけたくさんの人に出会ってきたのか、どのような人とお付き合いがあるのか、にもよるでしょう。自分が見聞きして、接してきて、経験から相手を判断するものですからね。
だから、あなたが経験から、不安や恐怖が起きてしまうのも理解したい。そして、あなたが過去から安心や新たな情報を得て乗り越えていけるように、サポートしてくれる専門家やハスノハのようなボランティアがいることにも、喜んでいきましょう。そこに差別も迷惑もないのですからね。
「理解は偶然、誤解が普通」
リケブツさん、ご相談ありがとうございます。
私は今回のお話を読みながら、ある先生の言葉を思い出しました。
「理解は偶然、誤解が普通」
という言葉です。
私たちは同じ話を聞いていても、同じ景色を見ていても、実はそれぞれ違う世界を見ています。
育った環境も違う。
経験したことも違う。
大切にしている価値観も違う。
だから本来は、私もあなたも、ズレていて当たり前ってことなんです。
今回のお話で、
支援職員さんが「差別に気をつけてほしい」
という思いが強い方だったかもしれませんが、
その言葉にリケブツさんは違和感を感じた…。
それは、どちらが正しい、間違っているではなく、
見ている世界が違っていたのだと思います。
そして人は、自分が見ている世界を正解だと思って話します。
だから、
「そんなに怖い社会ではない」と話しても、
「でも差別があります」
と返ってくる。
反対に、「差別があります」
と言われても、
リケブツさんは違和感を感じる。
そこに会話(思考)のズレが生まれています。
もしそのズレを理解したいのであれば、
相手を論破することではなく、
私の感情を殺すのではなく、
「相手は何を見てそう思ったのだろう」
「私は何を見てそう思ったのだろう」
と考えてみることです。
ズレというのは、
どちらかが悪いから生まれるのではありません。
お互いの当たり前の世界の中に、
相手には存在していない経験や価値観があるから生まれるのです。
ですから私は、今回の出来事を
「洗脳された」と捉えるより、
「見ている世界が違った」
と捉えてみても良いのではないかと思います。
こんにちは!
いろんなことがありましたね。
人それぞれ価値観が違いますから仕方ないこともありますが、博物館の受付への対応は良くないですね。
また、納得できないことを言われた時は、「そうかもしれないですね~」と聞き流すのがいいと思いますよ。
「それは違います!洗脳する気ですか!」と討論を始めても疲れるだけですからね。
お釈迦様も自分と異なる思想を聞いた時は「それは違う!」と否定するのではなく、「そうですか、私はそう思わないですね~」と聞き流していましたからね。
言い合いしてもお互いの価値観が同じになるわけもなく時間の無駄ですからね。
支援者に対しても剣と鎧は脱いで水のように柔軟に対応してみてくださいね。
ところでヘルプマークも周りの人は柔軟に対応しないといけないんですよね。
ヘルプマークを付けていても積極的に話しかけて助けて欲しい人と、話しかけないで欲しい人がいますからね。
それにしてもコミュニケーションって難しいですね。
質問者からのお礼
【中田 三恵 先生】
お返事いただきありがとうございます。不快ではないとのこと、
安心しました。
ヘルプマークの有無にかかわらず配慮というのは私もまったく
同感で、むしろ私は健常者の方にこそ優しさが必要だと思って
います。理解してほしければ理解してもらえるための行動を、
がポリシーです
【古川玄峰 先生】
お返事いただきありがとうございます。実は先ほど、
保健師さんと電話して氷解しました。
「社会全体で…という聞き方をされたので『わからない』と
答えてしまった」
と言われました。私も主語が大きすぎたのが原因のようです。
「例えば道を歩いていて、障害者が歩いていたら、周りの
人は変な目で見たり笑ったりしていますか」
と尋ねなおしたら
「そういったことは見たことがない。安心してほしい」
と言われました。
これで学んだことがあります。「気が小さい奴は主語がでかい」
【聖章 先生】
お返事いただきありがとうございます。実はこのお寺って
増上寺なんですよ。これ知った後、謝罪の電話を入れ、
「次、そういうことがあったら、障害者だろうが関係なく
警察呼んでください」
とお伝えしました



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