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母について

回答数回答 1
有り難し有り難し 9

いつもありがとうございます。
母についていい受け答え方を・・・。

私と母は仲良しです。結婚しても2人で旅行や買い物いったりとしています。

しかし、60を越え今年で65歳。若いときの様に身体がついて来ずいつも少し出掛けたら疲れる、と言っております。

しかし、最近物忘れがひどい、同じ話を何回もすると自分で思い込み、お母さん認知症かな、ボケたら病院に入れてね等マイナス要素ばかり言っています。

私は以前、介護施設で働いていて、認知症患者と関わってきていました。
その経験から、母は単に年相応の物忘れだと、母にも伝え、考えすぎると現実になるよ!私も35だけど、忘れることあるから大丈夫!と励ましてきましたが、母は、たまにボケたら子供、孫のことも忘れちゃうんだろーなと悲しくなってしまうそうです。

それ、さっき聞いたよと言って、すぐ気付いている母で、物忘れも私から見たらたいしたことではないように感じます。

心配なら病院についていくから検査してみる?と言っても、元々病院嫌いな母で、ん〜今度ね〜と。

自分で考え込んでしまう母に、年相応のことだから心配する暇あったら笑って生活していこうよ!ということをわかってもらうためには私は、どのように伝えるべきなのでしょうか?

わかりにくくて申し訳ありませんが、
よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

距離をとりましょう

お母様に優しくすると本当に認知になりますよ。何か言えば娘が優しく答えてくれると思い益々甘えてきます。
自立は自尊心を持つことができます。ボケなんかいられない!と奮起させなければいけません。そのためには優しさを少し抑えることです。娘に甘えてはいられない!
その気概を持たせることが親孝行だと思います。

9
有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

少し甘えているのかなー?とも感じておりました・・・。少し距離を取る愛情を母にはかけてあげようと思います!それが、母の為と言い聞かせ自分なりに頑張ります!
ありがとうございました!!

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