母親との関係回答受付中
いつも有難うございます。
色々悩みを抱えながら
高齢の実母のキーパーソンをしています。施設に入ってくれているのですが
私を10年前くらいから
泥棒扱いしています。姉妹が父親の死により うつ病になった母親にある事ない事を刷り込んだせいもあります。何度も電話で通帳を返して欲しい、など言われ続けたので しばらく母親との面会を控えてました。でも病気になると 低姿勢に私に助けを求めます。そんな勝手な母親です。認知症も少し
あると考えられる状況です。
数日前 久しぶりに、母に会いに行ったのですが やはり険悪な雰囲気になり 笑顔もない顔で 静かに睨まれました。小さい頃から 大切に育てて貰い 賢く自慢の母親でした。このまま悪い関係で
母親とお別れになると
思います。仏教的には
人は、死後に真実を理解してくれるものなのでしょうか?
又母親に会いにこず 電話だけでいいと言われました。
面会は、病気などピンチの時だけでいいでしょうか?
よろしくお願い致します。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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どうか言葉を正面から受け止めず、心をすり減らさないでください
お母様の介護の要としてのご尽力、心身ともに本当にお疲れ様でございます。かつて尊敬していたお母様から「泥棒扱い」されるお辛さは、いかばかりかと拝察いたします。
まず心に留めていただきたいのは、その言葉はお母様の本心ではなく、「うつ病」や「認知症」という病が言わせている誤認識だということです。ご親族の影響もあったとはいえ、今の脳の状態が生み出した症状ですので、どうか言葉を正面から受け止めず、ご自身の心をすり減らさないでください。
「死後に真実を理解してくれるか」というご質問ですが、間違いなく理解してくださいます。仏教において、人は命を終えて仏様になると、一切の煩悩や病の苦しみ、現世の執着から解放されます。迷いの心が無くなるため、すべての誤解は氷解し、真実をありのままに見通すことができます。必ずや、あなたのこれまでの献身を理解し、清らかな心で優しく見守ってくださる存在となられます。
また、面会についても「ピンチの時だけで良い」と私は考えます。お互いに険悪な空気で傷つけ合うより、今は物理的な距離を置くことが大切です。無理にお会いするよりも、離れた場所から、かつての賢く優しかったお母様へ「感謝の気持ちを持つ」こと。それこそが、今の状況における最も尊い親孝行の形であると思います。どうかご無理をなさらず、ご自身のお心と生活を第一になさってください。
拝
縁起寺 釋聴法
認知症は脳という物質の誤作動のせい
で、心とは関係ない、と考えたほうが良いと思います。
仏教では輪廻を当たり前と思っていますから、死んでこの体や脳から離れたら、心はまた、地獄から天人までのどこかに適切に生まれて、何らかの体を作って、また普通に活動すると考えます。
その「普通」は、本人や周りが期待するベストの状態とは限りません。その人の心が積み上げてきた本来の状態です。ただ、お母さまの場合、本来の状態がそれほど心配いらなそうなので、死後はまあ、あまり心配しなくてもいいと思います。
一方、あなたももどかしく思っておられるように、あなたが、死に向かうお母さまと温かく過ごしたいのにうまく行かないのが、ちょっと困りごとですね。
誤解もたくさん積もっているようで、誤解を解くための証拠を上げることも困難で、そんなことより気持ちが納得するほうが大事ですので、私が考える仏教的な良い方法は:
現在のうまく行っていない状況は、脳のせいもあってただのバグなので全部無視して、あなたが、昔からお母さまに育てられ成長させてもらった恩に対する感謝を、昔のことを掘り起こして、気持ちを伝えるのが良いのではないかと思います。
仏教では、親の恩は返しきれないけど、少しでも報いたら子供としての仕事はできたと見ます。
良いことも悪いこともたくさんあった人生の最後に向かうところで、新しい旅立ちに向けて明るく準備してもらうためにも、子供の頃に感じていたお母さまへの感謝を昔話のように伝えて、お母さまにも思い出してもらって、良い時の心だけで過ごしてもらえるくらいまで、やってみるのがいいのではないかと思います。仏教的には「慈悲の実践」という修行です。
人同士の付き合い方は立場によって変わります。子供は親に対して、やってもらった良いことや、家や周りに対してもやっていた善いことを、自分が思い出す限りお母さまに対して発表して、お母さまにも、娘に対して行った良いことをしっかり心に刻み込んでもらいましょう。
お母様がうまく乗ってこなくても、あなただけは、出会うときは、慈悲の実践の気持ちで接してみてください。死んだらそれぞれまた別の生き方(天人と餓鬼とか)になりかねません。当分どころか二度と会わないくらい離れるかもしれません。生きて親子として一緒にいられる間に、まあ、自分にできることはやりますよ、というくらいの楽な気持ちで、やってみてください。
而今(にこん)
ご相談ありがとうございます。
長い年月、理不尽な思いをしながらも、それでもお母様のそばにいようとされてきたのですね。その重さは、簡単な言葉では言い尽くせないものがあるのでしょう。
「死後に真実をわかってもらえるのか」そのお気持ち、よくわかります。ただ、正確に言えば仏教とは、死んだ後の世界に答えを求める教えではありません。
かの道元禅師も説かれたように、大切なのはまさに今の歩み、この瞬間を自分はどう生きるのか、ということです。
お母様が死後にわかってくれるか否か、それは誰にもわかりません。そこに答えを求め続けると、あなたはいつまでも苦しみの中に置かれ続けてしまいます。(回答欄をご覧いただいた通り輪廻や死後の話は宗派や僧侶によっても様々な解釈があります)
面会はピンチのときだけでいいか。お母様ご自身が「電話だけでいい」とおっしゃっているなら、その言葉をひとつの区切りとして受け取ることは、逃げではありません。無理に会いに行って険悪になることが、お互いの幸せとは言えないからです。
…それでも「賢く、自慢の母だった」という、あなたの捨てない言葉が、やはりひときわ印象的です。
怒りや辛さの奥底に、悲しみと、それを下支えする深い深い愛情があることを、私は感じます。そのお気持ちだけは、どうか大切にしたままで。
あなたが今ここで誠実に生きていること。それ自体が、すでに尊いことだと思います。今後もご無理だけはなさらずに。
もし、またお気持ちがどうにもならなくなったとき、ここhasunohaで吐き出して、少しでも今のあなたが楽になっていただければと思います。合掌。
質問者からのお礼
慈ご住職様 ご回答有難うございました。
>仏教では、親の恩は返しきれないけど、少しでも報いたら子供としての仕事はできたと見ます。本当にその通りだと思います。ずっと泥棒扱いされていても
恩という貯金が たっぷりあって 流していたのですが さすがに
通報も含め なんだか気落ちしてきました。なんとかラストスパートと考え
母に過去のお礼を 自分の気持ちが乗った時しよう…と思います。
有難うございました。
釋聴法ご住職様 ご回答有難うございました。
>迷いの心が無くなるため、すべての誤解は氷解し、真実をありのままに見通すことができます。 お言葉ありがたいです。ただ母も私も性格はきついので
同居もしていたのですが 周りの雑音もあり 母のお世話をしてる割には
口で損をしています。でもなんとか 父が母のために残したお金に手を付ける・・その誤解は死後でも分かってもらいたいです。 ご住職様がおっしゃるように
正面から言葉をきいたら 心がおかしくなります。過去の通報を含め
流して流して ですがここで聞いていただき 立ち直りたいと思います。
有難うございました。
TAIKENご住職様 ご回答有難うございました。
>あなたが今ここで誠実に生きていること。それ自体が、すでに尊いことだと思います。今後もご無理だけはなさらずに。
そんな風に仰って戴きありがとうございます。
母は本当に さっぱりしていて愛情深く いい母でした。
頭では病気がそうさせている…と理解しつつ 10年前の通報を含め
まず褒められたら 虫唾が走るようになりました。でもいったんまた
仲よくなったのですが 今回はしつこいので 許しがたくなりました。
顔を見たら 険悪な言葉をお互いに吐きあう でも老人ホームから家に帰ると
母が心配になって 涙が出ます。本当に親子はややこしいものです。
而今(にこん)という言葉 この瞬間を自分はどう生きるのか、ということ
心に沁みました。 私の実家は禅宗で 夫の計らいで実家の仏壇があり 道元禅師も仏像もおられますので お参りしたいと思います。
有難うございました。



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