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パートで働いています。

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パートで働いています。部署がいろいろあり、今までは事務、窓口業務、異動して今は、お店のレジをしています。窓口は忙しく大変でしたが、やりがいがありました。レジは、精神的に楽ですが、同じお客様を対応しても、窓口のときと態度が違い横柄な態度をとられます。窓口のときは、そんなことなかったのですが。やはり下にみられてる気がします。子育てと家事のことを考えるとレジの方がいいと思うのですが、仕事に行くと、やはり事務の方がよかったかなぁと後悔しています。仕事に対して誇りが持てないというか。毎日鬱々としながら働いています。やる気もでません。心の持ちようを教えていただければと思います。よろしくお願い致します。
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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6感フィルター越しのアウトプットうりゃー。

こんにちは90歳のおばぁちゃん。
年齢詐称か登録ミスではなかろうかとは思いますが、人間の活動に年齢は関係ないので年齢はスルーします。
仕事とか接客とかパート、職、アート、作務、業務と言おうが何と言おうが自分のやっていることの活動は禅宗風に申し上げれば「ただわが為すことを為すのみ」なのです。
助けとか救済とかサービスとか業務とか仕事と言いましてもナ、手を差し伸べてあるアクションをするだけのことじゃろが。👴(じいさん化)
じゃから、仕事というとらえ方そのものが実はすでにズレておるというわけじゃな。
接客だろうが、レジだろうが、手を動かす、声を発する、やるべきことをやるだけでしょう。
そういう視点を持ってみることです。
今から料理を作る、食べる、片付ける、ただわが身の無色透明の活動としてとらえてみることからです。
私もこうしてPCで回答を入力をしておりますが、目の前には来ることが来たり、耳にはジョージ・リンチ、リッチー・コッツェンのギターが流れています。
人間は存在しているだけで6感を通してインプット。
仕事をするというのはその6感を通して、アウトプットすることです。
行には行があるばかりです。
そこに私見や主観やスキキライを交えずして行われている時があるものなのです。
そりゃぁ、時には嫌われたり、嫌なことがあったり、トラブル、アクシデントなどがあるでしょうが、それでも時は流れる、やらなきゃいかんことは来たるものです。
禅では主人公とか言いまして、本当に自分自身がこの身心の主人公となることを説いております。ですが、ここでいうところの主人公とはエゴエゴした自分やスキキライの多いエゴエゴしたアタシという主人公ではありません。
聞きたくなくても見たくなくてもそのものが来ればそのことが行われる。
そこには主観やスキキライ以前の大真実が行われている。
スキキライ以前の大真実とは、自分の突っ込みを入れる前ということ。
職場であの人が嫌いだ、あの仕事は嫌だといっても、目玉は今日今ここで見ているものは人生で今日新たに始めてみるものでしょう。耳にする音も何度も聞くレジの音、電話の音でもいつでも人生初めての体感なのです。人生初めての体感であることをきちんと見抜き、過去の脳内データを交えずにことを為すということを主軸にやってみるとよいでしょう。自己の今のアクションは常に「初」なのです。

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