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実母を許せない(許せず絶縁しています)

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閲覧ありがとうございます。
お話聞いていただけると嬉しいです。

実母(シングルマザーです)はいわゆる男好きで、毎晩飲みに行き、いつもアルコール臭く、色んな男性を連れていました。狭いアパートで母の喘ぎ声を聞かされながら育ち、母の連れ込んだ男性に手をあげられることもありました。母の彼氏を拒絶すれば母に怒られるのでずっと良い子で居続けました。

他人が居る家は居心地が悪く、バイトで稼いだお金で高校卒業と同時にすぐ実家を出ました。

母は私を心底愛していないというよりはそもそも母親でいようとしていないことをよく分かっていました。
その頃まだ子供を育てたことのなかった私は「親ってきっと大変なんだろうな。私のお母さんはシングルマザーだから大変なんだろうな。」と思えたので
割り切って親友のような母娘の関係を保っていました。
母を友達だと思うと幸せだったからです。

実母を許せなくなったのは、私が"母親"になったことがきっかけでした。

私は高校生のときから交際していた彼と結婚し、不妊治療の末、ふたりの子宝に恵まれました。

産後、酔っ払いながら毎晩夜中に電話してくる(今●●で飲んでるから迎えに来て〜等の電話)実母に「お母さんのこと大好きなんだけど今は新生児のお世話で寝不足だからしばらく距離を置きたい」と伝えると「へぇ私のこと好きなんだねー!虐待されたりしても子供って親のこと好きなんだね!親に愛されたいんだね!すげー!全然気持ちわかんねーわ!私は親に虐待されたことないからさ!縁を切るのか切らないのかはっきりして。」と言われ「縁を切りたいなんて思ってないし、今は距離を置きたい落ち着くまで待っててほしいって言ってるだけなの」と言うと「ハイじゃもういいですさようなら〜」と電話切られました。

その瞬間から「なんか、もういいや。疲れた」と思ってしまい、
後日実母から何事もなかったかのように連絡が来ましたが、もう関わっていません。絶縁して数年経ちます。

自分が母親になってから「なんでこんなに尊くて愛おしい存在に母はあんなことができたのだろう」と、子供を産む前までは実母の気持ちを理解していたはずなのに突然実母のことを理解できなくなり許せなくなってしまいました。
孫に、その汚い手で触らないで欲しい思っています。

それでも私は「たったひとりの母」を許すべきなのでしょうか。宜しくお願い致します


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

許したいが許すべきを上回るその時にこそ

こんにちは。

「許すべき」か否かという議論以前に、あなたの来歴から考えて「べき」を考えられる、それ自体が素晴らしいと思います。結論から言って、「べき」かどうかはあなたの気持ちが自然に整った段階で再び考えたら良いと思います。今の段階で、心を無理矢理に何らかの理屈にはめ込む必要性はありません。

複雑な環境の中で耐え忍び、自立して「結婚」し、「ふたりの子宝に恵まれ」たのは本当に良かったですね。そして、「自分が母親になってから」、「なんでこんなに尊くて愛おしい存在に母はあんなことができたのだろう」という感慨を抱くに至った。いままでは、子から見た母しか分からなかったけれども、母になって母の何たるかが分かったのでしょう。

これまでは、もしかすると自分の心をだましだまし「親友のような母娘の関係」にいることが、世間一般ではないオリジナルな親子関係だと思えた時期もあったのでしょう。しかし、どこか心の底でやっぱり母は母であってほしい、自分を無条件で愛し包んで支えて欲しいという願望があったのではないでしょうか。

「親友」は対等で密接な関係であるけれども、それはどこまでいっても友情の延長であって、愛情にはなりません。本来の関係である、母と子という愛情のやりとりとは性質の違うものだったのでしょう。

あなたは、甘えたり、わがままを言ったりできる存在が欲しかったのだと思います。しかし、お母さんは、「そもそも母親でいようとしていな」かったため、「ずっと良い子で居続け」なければならなかった。「母親」として、深い思慮で受け止めてくれたり、見守ってくれるという存在を、ずっと心の底で渇望していたのではないでしょうか。

やはり、自分が思っていた「母親」とはこうあって欲しい、は間違っていなかった。親は親であるべきなのだと、という事実をあなたは確信しているのでしょう。その確信そのままに、ぜひ子どもさんに愛情を注いであげて下さい。

お母さんの言動をみると、過去に親を愛せなかった寂寥が伺えます。
しかし、今お母さんに見えているのは自分だけです。自己中心を満足させるための存在としてなら受け入れるが、さもなくば「さようなら〜」なのだと思います。その勝手さに付き合う必要はありません。

十年、二十年月日が経つ内に、あなたが許したいと思えば許せばいいのです。
許したいが許すべきを上回るその時にこそ

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