女性差別について。
初投稿です。
初めに述べておきますが、私は女性差別主義者でもなければフェミニストでもありません。
自分は公務員の女性なのですが、女性の存在価値が分からなくなってきました。
おとり捜査などがある職場で働いているのですが、自分が女性であるがためなのか、あまり危険な位置で動くことがありません。
特に職場で大きなミスなどはしていないし、上司は褒めてくれたりもするのですが、「自分が男だったらもっと役に立てるのかな。」と考え、悩むことがあります。
そんな時に、ある配信者さんが過去の差別発言で炎上している、という記事を見つけ、何となく見て見たら「女がいるせいでそんをしている人が沢山いる。子供を作る機械でしかないから家から出るな。というか機械にも失礼」という発言をしていたそうです。
先述したような悩みもあり、この発言はそんなに間違っていないのではないかと、自分が女なのにも関わらず思ってしまいます。
仕事は大好きだし、職場環境にも恵まれていますが、私を含めた女性は仕事するべきではないのでしょうか。
女性の価値とはなんでしょうか。
この配信者さんの発言のどこが間違っているのでしょうか?
女性は子供をつくる以外にできることはあるのでしょうか?それは他人のためになるのでしょうか?
この投稿を見て不快に思われた方がいらっしゃいましたらすみません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お釈迦さまもダルマもキリストもみな女性から生まれてきました。
よって、このお話は女性の存在価値という話にするまでもありません。女性も男性も大切なのは人間性であって、どちらも大切な存在です。
私は人権の職務についていたものです。当時、人権の闇をあまり知らずに「被害者主張をする人たち=被害者」と誤った考え方を持ってしまいました。
以下は、差別や人権のからくり・闇についてのお話です。
当時は世間で人権学習というものが始まったばかりで、それを利用して相手を攻撃する人たちを疑問視できる時代でもありませんでした。人権とは医療と同じでみなが癒され助かること。被害者や傷つけられる人がいなくなることであって、攻撃ではない。ですが、当時も今も「人権を武器にして相手を攻撃・糾弾・社会的に抹殺しようとする行為」がある。それは攻撃行為なのです。そこに政治や利権活動も絡めばそれはもはや人権ではなく計略・政略・謀略・「はかりごと」というもの。
結論から先に申し上げますと、現代社会では「差別や人権問題を武器として用いて相手を攻撃する悪意」が現実に存在しているのです。それこそが人権を台無しにしている。いわゆるずる賢い「活動家」たちは差別や人権問題を利用する。被害者を主張し、自分たちの勢力が優位に立てるようにしようとするのです。被害者ポストをGETすることは強みだからです。それを知らない情報弱者のままであると、いつもメディアを通して(ニセの)被害者を主張する人たちが何でもかんでも正しいと思い込まされる。女性問題であればハニートラップもそうでしょう。エセ人権、エセ同和、エセ女性差別は現実に存在します。うちの宗派でもそれで善意の布教活動がストップしたことすらありました。差別発言をしたとつるし上げを受けた人が本庁に呼ばれて行ってみたら「で、いくらまで出せるんだ?」というお金の話でしかなかったということです。
もちろん、実際の差別もあるでしょう。ですが、それはあくまで当事者間の問題であり、第三者の人たちがそれを利用・悪用して相手を潰す、利権獲得のための攻撃行為として用いた時点でそれは非人権。ニセの差別。攻撃行為。どうして人権を用いて相手を攻撃・潰そうとするの?と疑問視できる見識を持った人は少ないです。だから、みなで正しい見識を広めて人権を用いた悪意で善人が潰されたり、言論弾圧されることは無くすべきなのです。