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死と、死に方の理由

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有り難し有り難し 26

死とは何ですか?人は、何のために死ななければならないのでしょうか。

生きることに目的や使命があるのはわかります。例えば、魂の修行のため、使命を果たすため、人生を謳歌するため、願望実現のため、など、いくらでも思い付くのですが、
死ぬことにも同じように、目的があるのでしょうか。

先日母を亡くしました。母自身、最後の瞬間でさえも諦めず、頑張ってくれましたが、力尽きてしまいました。
死は誰にでも平等に訪れるものですが、母はまだ50代と若く、母にはまだまだ叶えたい夢がたくさんありました。私も母と共に叶えたい夢や目標がありました。
「まだこの世にたくさん未練がある」と、亡くなる前言っておりました。まだ若い母には、生きる目的や理由が残されておりました。

それなのにどうして、この世を去らなければならなくなってしまったのでしょうか?
また、母の場合は癌で苦しみ死に至りましたが、例えば事故死や殺人の場合も、なぜそのような形で死ななければならなかったのかも大変疑問に思います。
どうして、老衰のような、安らかな死に至ることができないのでしょうか…。

2021年8月11日 11:47

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

亡くなったお母様にしてあげられること

過去の質問も含めて読ませていただきました。

大切なお母様を亡くされた悲しみで落ち込んでおられるのですね。
また祖父母様との関係も、お母様への未練の一因となっているのでしょうか。
心中お察しいたします。

さて、死についてお尋ねされておられるので、それについて回答させていただきます。
生きること、死ぬこと、それ自体に何の意味もありません。過去世の業に依って来世の命を受ける。その業に導かれた結果が人間だった、それだけの話なのです。
また、過去世の業(原因)と、現世での出来事(縁)が合わさる(因縁和合)ことで、様々な現象として身の回りに表れてくるのです。その結果として、様々な死に様というのが人それぞれ異なって現出する、それだけの話です。

しかし生きる目的や理由なしには、人は希望を持って生きられませんよね。ですから、自分が生まれた意味を、それぞれの人がそれぞれに後付けするのです。
死ぬことについても、「ただ亡くなった」では遺族はなかなか納得できませんよね。ですから遺された人が、亡くなった意味をそれぞれ後付けするのです。それは生きた意味と言い換えることができるかもしれません。

はすさんは、お母様を亡くされた悲しみと共に、ご自身が何も出来なかったという無力感に苛まれているのかもしれません。
しかし、亡くなってからも出来ることがあります。
1つ目は、先ほど申し上げた「生きた意味」を与えてあげることです。たとえば、はすさんがいつまでも落ち込んで立ち直れず、そのまま不幸な人生を生きるなら、お母様は「はすさんを不幸にする人生」を歩んでしまったことになります。
しかししっかりと立ち直り、お母様への思いを胸に自分の人生を前向きに生きて幸せになれれば、お母様は「はすさんを幸せにする人生」を歩まれたことになります。
これは立派な親孝行と言えるでしょう。
自分なりの、「お母様が生きた意味」を与えてあげてください。それがきっとはすさんの心をも救ってくれるでしょう。

2つ目は、お母様をしっかり供養してあげることです。供養してあげることで、結果的にお母様は苦しみのない世界に命を受けることができます。
信頼できる僧侶にお願いして、お母様の供養をしてあげてください。
これも、立派な親孝行と言えるでしょう。

何か少しでも参考にして、前向きに進んでくださいね。お母様もきっとそれを望んでおられますよ。

2021年8月11日 13:17
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京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の天王院というお寺でお...
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拝読させて頂きました。
大切なお母様がお亡くなりになられてあなたは深く悲しまれてさみしさもつのる毎日を送っておられることでしょう。あなたのお気持ちを心よりお察しします。
そしてお母様が心安らかになります様にと切にお祈り申し上げます。至心合掌 南無阿弥陀仏私達人間というか生きものには与えられた生命や身体があり、様々なものごとや人々に恵まれて育まれ、或いは自ら新しい生命を恵み愛し育み、そして様々な出会いや巡り合わせの中で生かされていきます。そして様々な因果関係やつながりやタイミングによりその与えられた天寿を全うしていきます。それは誰が決めるのではなく様々な条件やつながりの中で訪れるものです。
生きもの達は与えられた奇跡的な命にかけて新しい生命につないでいく為にそのあらん限りの力を注ぎ次の生命を生み育みます。そのあまたの営み一つ一つがかけがえのない尊いものです。ある新しい生命は別の生命つまり私達の様な人間に食べられてしまいますでしょうし、ある新しい生命は厳しい地球環境の中で即死に絶えてしまうかもしれません。それでもそれぞれの生命はそれ一つ一つ価値があり生きる意味や希望や目的を託されているのです。その一つ一つ詳細については私達には全てはわからないことでしょうが、素晴らしいことです。今お昼でランチですけれどこの瞬間にもあなたにも私にも様々な恵みが与えられているのですからね。
それはお母様も同じです。お母様も様々な恵みの中であなたや皆様とのご縁の中で与えられた人生をしっかりと皆様と一緒に幸せに生き抜いていかれたのです、一生懸命に精進なさり豊かな人生を生き抜いて天寿を全うなさっていかれたのです。それはかけがえのないとても尊い生命であり人生です。そしてその延長線上にあなたや皆様がいるのです。お母様とあなたや皆様とのご縁はこれからもずっと続いていくのです。あなたや皆様をこれからもずっと見守っていて下さるのです。死は決して終わりではありません、つながるバトンの一つの形なのです。命やつながりは永遠なのです。
どうかこれからも毎日お母様を思い手を合わせてお母様にあなたの思いをしっかりとお伝えなさって下さいね。お母様はきっとあなたの声にいつも耳を傾けていて下さいます。あなたの思いを受け止めて下さりあなたを励ましなぐさめて下さいます。
お母様はいつもあなたと共にあるのですからね。

2021年8月11日 12:31
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Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

ご回答頂き、ありがとうございました。母を思い出すと、想いが込み上げてきて、胸が苦しくなり、涙が溢れてきます。私が生きている限り、それは変わらないような気がします。ただそれでも、一日一日踏ん張り、しっかり生きて、死後に母と会いたいです。
お答え頂き、本当にありがとうございました。

「死について」問答一覧

自分の死に起因する母の死について

はじめてご相談させて頂きます。</br> 以前、父が遺伝性、且つ予後不良の神経難病を発症し、 現在は死を待つだけの状態となってしまいました。 そのため、私と妹は遺伝子の検査を実施したのですが、 私に父と同じ遺伝子が存在することがわかりました。</br> 父と同じ病気になる可能性があるとわかった私は、 母に「私が死んでもちゃんと生きてくれ」と話したのですが、 母は、妹と二人の孫がいるにもかかわらず、「それはできない」、 「私が死ねば自分も死ぬ」と泣きながら答えていました。</br> 私は、本人が最期に幸せだと思えればよい人生であると考えております。 父が病気となり亡くなることは、とても悲しくありますが、 父は最期まで幸せであったと信じられるため、耐えられなくはありません。 母に関しても同じで、病気、事故で亡くなってしまった場合、 その時点では幸せであったと信じることができると思います。</br> しかし、私が死んだ後、自死を選んでしまうのであれば、 母の最期は不幸なものではないかと考えてしまいます。</br> 子供に先立たれれば、自分も一緒に死のうと考える親は多いのかと思います。 ですが、実際に実行するかは別であり、時間や周囲の存在が少しでも心の傷を 癒してくれるのでしょう。 それでも、そう思えるのにも関わらず、病気になっていないにも関わらず、 自分が死んだ後、母が前を向いて生きてくれることを信じることができず、 母が後を追ってしまうのではないかとずっと考えてしまい、とても怖いです。 </br> そんな起こってもいないことを心配するような私に、 アドバイスを頂ければ幸いです。

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回答数回答 1

死と生きること

小学生2年生の娘が 死ぬことに対して恐怖を抱いているようです。また、生きてるのかということについても考えて、不安になっている様子です。 思い返すとここ数年で ペット(熱帯魚)が死んでしまったり、娘にとっての曽祖母が亡くなったり、死について考える事は何回かあったのですが、曽祖母は娘自身は会ったこともほとんどない近しい関係ではなかったので、それほどショックを受けるような感じではなかったです。 それでも、人が亡くなったらお葬式をして、お骨になるという事は少しショッキングだったのかもしれません。 私はいつ死ぬの? 死んだらどうなるの? 私は本当に生きてるの? 「まだ死なないから大丈夫だよ。 あなたが死ぬのは、ひいおばあちゃんぐらいの年齢になってからだと思うよ。」 「たくさんいい事をすると天国に行けるみたいだよ。」 などとも話してみたりもしましたが、なかなか不安は解消されないみたいです。 明日死んじゃうかもしれないと泣き始めることもあります。 生きてることについては うまく説明もできず 「自分が生きてるのかを今考えられてるってことはあなたが生きてるってことなんだよ。」と 「我思う故に我あり」のような事を伝えてみたりしても、小学生には、まだ上手く伝わりません。 死への恐怖 死後の話 生きてること どのように話してあげればいいでしょうか?

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人の死に意味はあるのでしょうか?

私は何か辛いことがあった時、それは現在もですが、ふと死んでしまいたいと思うことがあります。 しかし、それとは反面、日々の暗い事件やニュースを見ていると死が物凄く怖くなります。死にたくないと強く思うのです。 どうしてこの人は殺されてしまったのだろう、どうしてこの人は事故にあってしまったんだろう、、、 けして皆悪いことをしていたわけじゃないのに、ちゃんと毎日を頑張って生きていた方もたくさんいるはずなのに、それでも簡単に生命が奪われてしまうことに恐怖を覚えます。 そう考え始めると、自分もどんなに頑張っていようがいつか事故に遭うかもしれないし、殺されてしまうかもしれない、、、と考えるようになり、人との関わりがとても怖くなってしまいました。 なぜ、どんなに頑張っていても寿命よりかなり早く亡くなってしまう方がいるのでしょうか?病気、事故、事件、、、様々なものがあると思いますが、それは何か意味があるのでしょうか? 若造の私にはいくら考えても答えは出ませんし、ただただこれからの人生に絶望し、怖くして仕方ありません。 拙い言葉で申し訳ありませんが、ご回答宜しくお願い致しますm(_ _)m

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