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過去の後悔や失敗とどう向き合えばよいか

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こんにちは。よろしくお願いします。
私は、過去の後悔や失敗にいつまでも引きずられています。過去のことを思い出すたびに、反省と後悔の念で頭の中がいっぱいになり、前向きに物事を考えることができなくなります。そして、とにかく消えたい気持ちになってしまいます。

私はまだまだ不完全な人間で、過ちなく過ごしたいと願っていますが(例えば、一つもミスなく無事に一日を終える)なかなか実現できません。そのことでも、「ああ、今日もまた仕事でミスしてしまった・・・」などと、いちいち落ち込む要因となっています。
過去の後悔がたくさんあって、「前を向いてなんとか歩いていこう」と心の調子が良いときには自分に言い聞かせているのですが、落ち込んだ日にはなかなかどん底な気持ちから這い上がれず、ぐるぐるとマイナスなことばかり繰り返し考えています。反省ばかりする日々で、気持ちは重苦しく、目の前のやらなければいけないことをこなしながらもマイナス思考が頭から離れません。

私は今後、過去の後悔や失敗とどう向き合っていったらよいでしょうか。

2021年8月15日 18:55

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

失敗や間違いから学んでいきましょう

拝読させて頂きました。
あなたが毎日の生活の中失敗や間違いをしてしまって毎日を後悔しながら生きていることを読ませて頂きました。あなたがそう思ってしまうのもとてもよくわかります。やっぱり人間ですから自分の間違いや失敗することは嫌ですからね、嫌な気持ちのもなりますし、何でこんな失敗してしまったのかとガッカリしてしまいますよね。あなたのお気持ちを心よりお察しします。
私達人間は誰しも毎日の生活の中失敗や間違いを繰り返しています、何度も同じ失敗や間違いを繰り返している中で「これはやってはいけないことなんだな。こうやってしまうから間違ってしまったり悪い結果になるんだな。」ということを身をもって一つ一つ覚えていくのです。逆に間違いや失敗のない人生など存在しません、というか間違いや失敗があるからこそ人生があり、その間違いや失敗をしかっりと身をもって学ぶからこそ成功があったり実りがあったりするものです。
確かに間違いや失敗した後は嫌な思いをしますけれども、嫌な思いをしなければ余計に今度はより大きな間違いや失敗をしてしまう可能性が増えるのです。
車の運転でもほとんどスピードが出ていなくてもちょこっとガードレールなどにぶつけてしまうととてもショックです。ぶつけてしまった後から「もう少し前後左右に何度も注意を払わないといけないな、しっかりと確認しないといけないな」と痛切に思うわけです。それを一切気にしないでいれば平気でスピードを出してバックしたり急発進したり、時速100Km以上で暴走したりしてしまいます。そうなると遅かれ早かれ大事故につながりますし、大変な死亡事故を起こしてしまったりするのです。ですから逆に少しずつの間違いや失敗を繰り返して学んでいくことは本当は大切なことだと気がつきます。そして間違いや失敗から本当に学んでいく先に成功や良い結果が待っていると言えます。
あなたはこれからの未来学び続けていくのです。失敗や間違いを繰り返しますが必ずその後で成功につながっていくのです。そしてあなたは一生をかけて人として成長し続けていくのです。どうかこれからも前向きに失敗や間違いの中から確実に身をもって学んでいって下さいね。
あなたがこれからも失敗や間違いを乗り越えて人として健やかに成長なさっていかれますように心から祈ってます。そしてあなたを心から応援してますね。

2021年8月16日 15:42
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有り難し
おきもち


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...

質問者からのお礼

ご回答いただきありがとうございました。
何度もじっくり読み返させていただいています。
前向きに進んでいけるよう、これからも努めていきたいと思います。

「後悔から抜け出したい」問答一覧

後悔ばかりの人生

人生が詰みの状態です。 5年ほど前、天職だと思える仕事に就きました。自分がやってみたいと思っていた事で認められ、毎日が本当に楽しくて輝いていました。 ですが、社内恋愛の末、交際相手から手酷く振られたうえに、信頼していた人からのレイプ未遂が重なり、人間不信から心が折れて退職。 その後、これまでとは全く別の仕事に転職。最初は仕事を任されていることや頼られていることにやり甲斐を感じていました。 しかし思った以上の激務と、父親の病気で収入が途絶えて実家が家庭内不和になったことで、精神はボロボロに。 どうにか日々を乗り越え、やっとことが落ち着き、あとは幸せ一直線だな思いながら長年片思いをしている相手と飲みに行くと肉体関係に…ダメだと分かっていたのに。更にそれを感じ取った異性からは軽い女扱いで誘いは尽きず。仕事に集中できずミスが続き自信も喪失。今の職場も最早これまでかと思っています。 何故同じことが繰り返されるのだろう、繰り返してしまったんだろうと後悔と反省の連続です。 私には仕事も恋愛も向いていないのかもしれません。でもどちらも頑張りたいし、人並みの幸せを手に入れたいです。 後悔ばかりの人生、泥だらけの人生を正して、好きな人や好きな物を選んで真っ直ぐに生きたいです。 でもまた同じような結末が待っている気がして、動き出す勇気がわきません。 私は誰かに必要とされ、愛されることはあるのでしょうか。過去を消すことはできませんが、乗り越えて強くなることはできるでしょうか。どうすればこれまでとは違う、真っ当な人生を歩めるでしょうか。今の仕事を続けるべきなのかも分かりません… 何か助言をいただけると幸いです。

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過去の後悔に縛られている

こんにちは、地方に住むアラサーの会社員です。 過去の後悔(あれをやっておけばよかった、やりたかったことが出来なかった)を日常の中で度々思い出し、虚しい気持ちになります。 もともと好奇心旺盛な人間でした。高校を卒業したら好きな英語の勉強をしたく留学を祈願しましたが、金銭的な理由で却下。せめて国内で英語の勉強をと思い、行きたい大学があるも親に「将来どうするの?」と言われ、気が弱いわたしはそこで進学を諦めてしまい、実家から近い医療関係の資格がとれる大学に行きました。 進学した大学では、自分の思い描いていたキャンパスライフとは真逆であり、飲み会やサークルなど楽しみたかったのですが、全くといって無縁の生活を送りました。その当時はその生活で良い、と思っていたはずですが、アラサーになった今、もっと自分の意見を通してやりたい勉強を行えばよかった、もっと積極的に交流の場に行けば良かった、など後悔がおさまりません。 学生時代は生涯1回だけです。もう絶対に取り返せない物を手に入れたくて仕方がありません。今までの人生、自分で決断をしたことがあるだろうか?と、この年齢になってこのような考えを持ってしまい、虚しい気持ちになる時間が多くなりました。 過去の後悔から脱却したいです。こんな幼稚なわたしにご教示いただけないでしょうか。

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母に謝ってやり直したい 過去が恥ずかしい

結論から言うと私が悩んでいることは ・過去の自己中心的な行動がとにかく恥ずかしい ・母や弟を傷つけたことを後悔している ・母に謝りたい の3つです。 1つ目は書いてある通り、他人の気持ちを考えず生きてきました。 こんな私でも友達はいましたが、通信高校に転校したことや、受験生で自分から連絡を絶ってしまったことで連絡を取ることも減りました。 2つ目の母や弟を傷つけたというのは、私が父から虐待を受けていた事に文句を言い母や弟に暴言を吐きまくっていたことです。 当時は誰も助けてくれなかったという意識が強かったのですが、今考えると母はとにかく頑張っていたと思います。 私のせいで2人の性格は以前より荒れていると思います。 3つ目の母に謝りたいというのは2つ目の理由についてです。 どれだけ頑張っても文句の言う父に似た娘がいるという事がどれほど辛いことか、1人で子供を育てることがどれほど大変なことか、もっと考えるべきでした。 先程謝罪の手紙を部屋に置いてきましたが読んでくれたかどうか........ 長々と書いてしまいすみません。 全部改善してやり直したいです。こんなどうしようもない人間で恥ずかしいです。

有り難し有り難し 21
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進路選択 取り返しのつかない後悔

現在27歳の社会人です。 人生の重大な分岐点における選択ミスから生じる激しい後悔に関しての相談です。 私は10年前、高校生の進路を決める時期にノイローゼ状態でした。当時は私立最高峰の大学を本気で高校1年生から目指していました。 しかし、受験のプレッシャーから最後の最後で逃げてしまい、推薦で楽に行ける下位の大学に進学しました。 今からするとどう考えても行く気の起こらないような大学で、なぜそんなのところを選んでしまったのか当時の自分が全く理解できません。 また、推薦で他にも良い大学があったのに、何故か今考えると到底納得できない大学に進んでしまいました。 進学後も再受験を考えましたが、結局卒業してしまいました。 大学受験は就職活動と並び、人生の一大イベントです。男にとっては天下分け目の関ヶ原の戦いだと思います。 もちろん、学歴などつまらない指標ですし、そんなことにこだりすぎるなど、下劣な人間だと自覚しています。 しかし、戦いに逃げてしまったことで男としての自信を失ってしまいました。 これは自己肯定感の低さにつながり、人間関係、異性関係で失敗し続けたり、就職活動その他弊害ばかり生まれてしまいました。 自信を取り返すべく、文系ながら上位の大学の大学院に進学し直したり、数多くの資格を取得したりしました。 また、海外留学や海外旅行をしたり、自己啓発本をとんでもない数読破したり、多くの人と接して色々な価値観な触れるなど、とても活動的に必死に生きてきました。 しかし、10年たった今、やらなかった後悔は色褪せることは全くありません。 学歴にコンプレックスもありますが、それよりも肝心な時に頑張れなかった男というイメージが鮮明に脳裏に毎日フラッシュバックされ続けるのです。 もちろん、他にも仕事やプライベートの目標など、エネルギーを割かなければならない部分はたくさんあります。 しかし、どんなに頑張っても過去の後悔に引きずりこまれてしまいます。 このように人生の分岐点での選択ミスによる激しい後悔へはどう向き合って生きていけば良いのでしょうか? 残りの20代を後悔だけに支配されずに幸せに生きて生きたいと思っています。

有り難し有り難し 6
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好物を「神に捧げた」と言ってしまった

大好物を我慢するために「神に捧げた」と言ってしまい、食べられなくなってしまいました。 初めて質問させていただきます。 以前勤めていた職場の上司が禁煙を始めた際、私も自主的に、大好物のある洋菓子を我慢することにしました。 上司への好意や応援・尊敬の気持ちから行ったのではなく、自分が物凄く仕事の出来ない部下であったため、「実はあなたが我慢している間、私も好きなものを我慢して頑張っていたんですよ」という見当違いの努力をいつかアピールしたいという下心から始めたことだったと思います。 毎日のように食べていた大好物のその洋菓子は太りやすく、あまり健康に良いとは言えない食べ物のため、ダイエットも兼ねて、家族や周囲には「〇〇(大好物)は神に捧げた(ので食べない)」と公言し、実際に我慢してきました。 しかし上司が禁煙をやめ、以前の職場を退職して努力アピールの機会や理由を失ったにもかかわらず、1年以上大好物を食べていません。 食べたくてたまらないのに、食べるのが怖くなってしまいました。 覚えていないのですが、何かのお参りの際に大好物を我慢することを「願掛け」的に神様にご報告してしまったかもしれませんし、何より「神に捧げた」という表現を何度も使ってしまったため、その食べ物をいま自分が食べてしまったら、何か自分や大切な人にとんでもないバチが当たるのではないかと怖いのです。 その恐ろしさと、また大好物を食べたいという気持ちが葛藤しています。 小さい願望で本当に情けないのですが、この世で1番大好きな洋菓子なので、一生食べられないと思うと悲しくてなりません。 一度でも「捧げる」などと言ってしまった自分の考えのなさを後悔するばかりです。 しかし他方で、あんなに捧げると言って我慢してきたのにまた食べ始める意志の弱いやつ、と周囲に白い目で見られることが恥ずかしい気持ちもあり、自分の浅い行動への報いとして、もう二度と食べない方がいいのか?とも思い苦しくなります。 神に捧げた、という言葉を使ってしまったこの葛藤について、何かアドバイスを頂けましたら幸いです。 お忙しい中恐れ入りますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

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