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報われる人と報われない人の違いとは?

回答数回答 2
有り難し有り難し 13

今年の春、サークルを退会しました。
社会人になるタイミングですが、社会人になってからも引き続き参加しようと思えば参加できたサークルです。
理由はサークルである役割を担っていたことに対して周りから何もなかったことです。自分のしてきたことが報われなかったように感じました。
卒業祝いにサークルで集まり、卒業生には色紙が渡されました。これまで同じ役割をしてた先輩、同学年の人の色紙に役割をしていてくれたことが書かれていました。それが私にはありませんでした。自分ではがんばってきたつもりでも、周りにとってはなんともなかったようでひどく落ち込んでしまいました。
それで、この組織ではもう自分のことは大切にしてもらえないと思い、離れることにしました。

周りには今まで役割をしてきた人達の中で感謝などを言う、言わない相手を作るのは良くないと思うことは伝えました。
私がその役割をしてたことは覚えているし、感謝してない訳がない、ただ色紙の中で触れられなかっただけと言われました。
正直、言い訳っぽいし私の機嫌を損なわないように取り繕っているようにしか思えませんでした。そう思うなら初めから行動できたはずだと思ってしまいます。思ってないから行動できないんだと思います。

離れればスッキリすると思っていましたが、結局モヤモヤしたままです。
今まではコロナの影響で活動自体していませんでしたが、今後は再開することをSNSで見てしまいました。
上記のことがなければ続けていたので、とても悔しく感じています。それに、自分は役割があったので辛いこともあったのですが、役割がなかった他の人は苦労しないで楽しんでいて、これからもそうだと思うと腹が立ってきます。
相手に褒められるために行動するんじゃないと説教されました。それは正しいと思いますが、私は褒められるためにやってた訳ではないのです。同じことをしてきた人の中でなぜ私だけ何も言われなかったのかが腹立たしいだけです。私はおかしいのでしょうか。
本音は活動をしたかったのですが、失礼な人たちとは一緒に活動できないのです。
とても今後の活動を応援できません。

とても苦しいです。お坊さんの知恵をいただけたらと思います。
よろしくお願い致します。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

微妙

あなたは、その役割をかなり大変だと感じていたのですね。
それでいて、その役割を担っている自分を誇りに思っていらしたのでしょうね。
なので、お気持ちはわかります。
ただ、相手の役割を褒めるときって、他に褒める内容がない相手の可能性もあります。
本当に褒めたいときは、役割みたいな表面的なことよりも、もっと他の内容を言う気がします。
だから、実はあなたこそが良い意味で特別だった可能性があります。
それなのに怒られたら、後輩達は困惑するかもしれません。
怒りの煩悩やプライドの煩悩は誰にでもありますが、怒りもプライドも悩み苦しみストレスやトラブルの原因になります。
せっかくもらった色紙(プレゼント)にケチをつけちゃったのは、まずかったかもしれませんね。
(それとも、色紙自体をもらえなかったのでしょうか?)
まぁ、いずれによ、過去は過ぎ去りもう無いのです。
今を楽しく生きるために、嫌な過去を思い出して怒るのは心身に毒ですから、思い出す頻度や時間を減らしましょう。
報われる報われないの違いは、自分の期待が大き過ぎるかどうかです。
1000円を期待して500円しかもらえなければがっかりしますが、100円しか期待していなければ500円にガッツポーズです。

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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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三輪清浄

こんにちは。

 質問を拝読しまして、あなただけが卒業記念の色紙がもらえなかったように読めますが、文脈から、色紙は受け取ったが、その内容に、一生懸命やってきた役について言及がなかった、という事のようです。また色紙とは、「寄せ書き」の事でしょうか。

 他の回答僧さんへの「お礼」の内容から、あなたのしていた役について知っている人が少なかったようなので、わざわざ調べて書くことはしないでしょうし、知っていても、あなたの目立たないように役割をこなしていた様子を見て、気を遣って知らない素振りでいた可能性もあるでしょう。それにそもそも役割以上に伝えたい事があればそっちを書くでしょう。

 仏教に「布施」という考え方があります。「布施」とは僧侶にさしあげるものというイメージがありますが、誰に対しても何かして差し上げるのが「布施」です。あなたがチームの中で与えられた役割をしっかりとこなしていたのも布施の一つといえましょう。あなたがいただいた色紙も布施でしょう。
 そして「布施」には「三輪清浄」というルールがあります。
 与える者、受け取る者、布施される物のいずれも清浄でなければならない、という考え方です。
 与える人が、見返りを求める賄賂的な気持ちで渡してはいけない
 受け取る人は、受け取ったものに対し、文句を言ってはいけない
 渡す物自体が、不正により手に入れた物ではいけない

 これを今回の件にあてはめてみると、役割に対して一生懸命やった事は良かったけど、最後に他の人と比べ「感謝がない」と思ってしまった。それは与える立場として清浄とはいえないでしょう。いただいた色紙の内容に苦情を言ってしまった。受け取る立場として清浄とはいえないでしょう。

 「三輪清浄」のルールを破ってしまうと、このようにモヤモヤしてしまうものなのです。今から元のチームに戻りたいと言っても、お互い気持ちよくプレイする事は難しいでしょう。

 今のあなたにできることは、この一件を糧として、今後何らかのグループに入ったら、複数の人に寄せ書きをする場合は、ひとりに役割について書いたら他の人にも同じように書くようにすること、もらったものに文句を言わないようにするなど、反省点を活かすようにする事だと思います。

 徳川家康は負け戦の自画像を書かせ、自戒としたそうです。あなたもその色紙を反省の糧にして次に活かしましょう

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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/50代 平成27年鳳林寺住職。平成28年hasunoh...
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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。「いい意味で特別だった可能性」は別の方に相談した時に言われたことがあります。楽観的に捉えすぎてるような気もしますが、そうなのかもしれないな、と思いました。
ちなみに色紙の内容は声が大きいこと(大きい声がいいとされる競技なので)とたまにお菓子をくれてそれが癒しだったことです。
そして私が役割を担ってたことを知っているのは幹部のほんの4人ぐらいで、色紙を作ったのはその幹部の方ではありません。
事情があり、私がその役割をしていると振る舞うのに抵抗があったからです。
歴代の役割を担ってた人たちは組織全体に知られています。
このことを考えると自分が特別ではなく単に目立たないだけか、やってたきたことは無意味だったんじゃないかと思います。

ともかく、回答ありがとうございました!

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