働く意味について
人はなぜ働くのでしょうか。
はじめまして。現在適応障害で休職中の23歳です。
自分の身の回りの人は、みなお金のため、生きるために働いているといいます。
でもその割には第一種産業に就いているわけでもなく、それがなくても生きているものを生産し、生きるには必要ないものを消費しています。本当に生きるために働いているのであれば、農業や漁業に従事したり、第一種産業にしか就かせない法律を作るべきだと思います。
昔は、働くとは、傍を楽にさせるという意味だと知りました。しかし便利になりきった今日、自分が何をして傍を楽にすればいいのかがわからなくなりました。
生きるために、生きるには必要ないものをつくってお金を得る。
もっといえば、会社にお金を奪いにいくのが目的で仕方なく労力を提供している、エネルギーを奪う存在はすべてなくなってしまえばいいと思いませんか?
となると、人間は生きるために、他の動植物の命を犠牲にして生きなければなりません。そう思うと、エネルギーを奪う存在の僕は死んだ方がいいのかと思うようになりました。
養生訓という健康長寿本があるのはお坊さんのみなさんであればご存知だと思います。
そこには、食事の基本はごはんとみそ汁と書いてあります。
であれば、この世から、米屋さんと味噌屋さん以外の飲食を排除すべきだと思います。喫茶店も、ケーキ屋さんも、ピザ屋さんも、食パン専門店もカステラ専門店も、不健康で短命を誘発するだけの害悪食品はなくなってしまえばいいと思います。
もともと東洋医学があったので、西洋医学の病院はなくなればいいと思いませんか?
はじめまして。実家暮らしの22歳男性です。 商業高校在学中に漠然とした将来の不安を感じる。当時簿記が得意だったこともあり税理士を目指し、高校生で受かるのは珍しいとされるで簿記1級を受けるも合格ラインギリギリで不合格。卒業後は簿記1級を受かってから専門学校に進学したいと思い資格浪人で1年半フリーターになるも受験失敗、それでも諦めきれず無資格で地元の税理士事務所に入所するも薄給かつ実務の勉強も忙しく、仕事の成績不振かつ実務の勉強代でかさんだ50万円の借金でキャッシュがまわらなくなり1年で退所、税理士を挫折。21歳で両親の経営する建築業の会社に現場作業員として現在仕事をしています。漠然とした将来の不安を解消しようと20歳の頃から自己啓発(経営、マーケティング、人材育成、マネジメントなど)やコーチングにおよそ200万円注ぎ込み学ぶも身にならず、現在80万円程度の借金を抱えています。 幼少の頃から歌が得意で、また高校生の頃からギターとピアノをはじめ、SNSや楽器メーカーより僅かながら評価を受け、現在も趣味としています。性格は個性的、向上心がある、タフだと言われます。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お釈迦様は自分のお弟子たちに「働くな!」と仰っています💦。
〈人間は生きるために、他の動植物の命を犠牲にして生きなければなりません。そう思うと、エネルギーを奪う存在の僕は死んだ方がいいのかと思うようになりました〉・・・確かにそうかもしれません。仏教では「人間が一番罪深い」とも言います。
しかし、みんながそう思って、「実行!?」してしまったら・・・人類は滅亡です・・・😢。
とにかく、お釈迦様は「縁」あって、この世に生を受けた以上、何らかの「役割・意味」があるはずだ、とおっしゃっています。あなたも「自分の役割&生きる意味」を探して、生抜いて下さい。キット、いつか分かるはずです。小生はそう信じます。
ちなみに、お釈迦様は自分のお弟子たちに「働くな!」と仰っています・・・💦。どういう事でしょう?。人間は「働く」と自分が食べる以上に作ります。そうすると「余った分」を蓄えて(お金だったら貯金して)、貧富の差ができ、差別が生まれ人間関係がギスギスしてきます。ですから、働かずに「乞食(こつじき)=托鉢(たくはつ)」して、一日分の食べ物を「布施(ふせ)」してもらいながら、修行せよ、とおっしゃいました。中々できることではありませんが・・・。
で、みんなが「働かず」に乞食することができるでしょうか・・・?。
という事で村の近くに修行道場(サンガ)を作り、村の「働いている」人々に、「布施」して頂いたようです。
つまり「働いて(困っている人々に)布施する」というのが、❝働く一つの意味(他にも色々あるでしょうが・・・)❞だと、小生は考えています。
貴君はどう思いますか?。考えてみて下さい。合掌
あなたとのつながりの中で
拝読させて頂きました。
あなたのお考えを読ませて頂きました。あなたがおっしゃることも一理あると思います。文明が進み過ぎて人間が何のために生きるのか、社会や国家や財閥や権力がどんどん肥大していってしまって本当に人が生きることを私達はややもすると忘れてしまっている様にも感じます。
あなたがおっしゃるように私達一人一人が生きることを見つめていくことが大切ですね。そして生きる為に働くことが大切になってきます。働く中でもそれぞれの人が自分の生き甲斐を見出していくこともできると思います。
世の中でどんなものでもどんな人でも他者の役に立っていないものはありませんでしょうし、存在する価値があると思います。どんな些細なことでもその存在に原因や経緯がありますからね。ですからものごとを自分の足元から見て広げていきその延長線でおおらかに見ていってはいかがでしょうか?
あなたが生きる意味はあるのです。ゆっくりとあなた自身の身の回りから一つ一つのものごとを大切になさってあなたとのつながりを確認しながらその延長線でそれぞれの存在を見つめていってみましょう。最初から否定してしまいますと逆に何も見えなくなってしまいますからね。
あなたがこれからの未来を心豊かに周りのものごとや皆さんと一緒に健やかに生きていかれます様切に祈ってます。
またあなたのお気持ちをお考えをお聞かせ下さい。