婚約者が涅槃へ旅立ってしまいました。
やっと一緒になると決まった矢先、彼の病気が見付かり本当にあっという間に涅槃へと旅立ってしまいました。
(涅槃へ旅立つという表現でしか彼の状況を表現出来ず申し訳ありません。
他のもっと単的な言葉で表現をする事がまだ自分には叶いません。)
そしてあっという間に1年が過ぎ、今も私は彼が旅立った日から何もかもが色褪せ、全てが止まっています。
ただただ息をしているという感覚です。
彼を追いかけようと思いましたが実際、自分で命を絶つのは怖い。
けれど会えなくて寂しく切ない。
何より恋しい。
けれど追えない。のループです。
質問がまとまらず申し訳ありません。
彼に次に会えるのはいつでしょうか。
来世でも出会えますか。
嘘でも会えるとおっしゃって頂けるだけで慰めになります。
ちなみにではございますが
「新しい出会いもあるでしょう」
や
「新たな人生を切り開き」
などは自分勝手ながら、お答え頂きますと非常に悲しみが増すばかりでございます。
彼が旅立った日から、それ以前から私は彼のものでしかありえませんし、残りの人生も彼のものですので。
生意気に申し訳ありません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「涅槃へ旅立つ」、その意味を聞いていく
こんにちは。
身近な方が先立たれたのですね。
お悲しみでしょう。
「彼に次に会えるのはいつでしょうか。来世でも出会えますか。嘘でも会えるとおっしゃって頂けるだけで慰めに」なる、と書かれていますね。亡き人を愛おしく思うからこその切実な問いだと思います。
ただ、私にとって「来世」の問題は、「嘘」や、「慰め」の次元では決して語ることができません。僧侶は「来世」を内心「嘘」だとは思っていません。また、「来世」を人をして「慰め」るための人間が作り出したようなものだとも思っていません(敢えて「慰め」というならば、それは仏様が「慰め」るのであって僧侶を含め人間が「慰め」るのではありません)。
「来世」があるということは、繰り返し繰り返し、聞いて聞いて聞きぬいていくところに自ずと極楽という「来世」があることが腑に落ちていきます。その聞いてく中に、自分が極楽へ往かせていただくということも、亡き人と再び会えるということも自ずとわかります。その自ずと安心させられていく心境、世界観のことを、「嘘」「慰め」とは表現しません。いや、できません。
「涅槃へ旅立つ」という表現は、極楽へ往き仏様に成る、つまり成仏(お釈迦様と同等の「涅槃」の境地至る)するという意味です。あなたが、その言葉通りの意味を真に意味あるものとして自得したいのであれば、法話を聞き抜いていくことをおすすめします。
その方と共に
拝読させて頂きました。
婚約者の方が突然お亡くなりになられてあなたは今もその方への思いを深くなさっておられるのでしょう。その方への様々な思いが心の中であふれておられることでしょう。あなたはその方を失った悲しみの中で今生きておられることでしょう。
あなたのその思い全ては推し量ることはできませんけれどもお気持ちを心よりお察しします。
そしてその方が心から安らかになりますように仏様にお祈りさせて頂きます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
その方は仏様に導かれ先にいかれた親しい方々やご先祖様がその方を優しくお迎えなさって下さいます。そしてその方は一切の迷いや苦しみからも救われて、仏様のもとにて心安らかになり、ご先祖様方と一緒に清らかに円満に涅槃に至りご成仏なさって下さいます。
その方とあなたとのご縁はこれからもずっと永遠に続くのです。
これからもその方はあなたを優しくお見守りなさっていて下さいます。
その方はあなたと出会いかけがえのない時間を人生をあなたと一緒に生きたのでしょう。そして与えられた命を一生懸命に生き抜いていかれたのではないでしょうか。
あなたの悲しみやさみしさやむなしさは消えないかと思います。どうかその方を心からご供養なさりながら、あなたのその思いをありのまま心からその方へお伝えなさってみて下さい。あなたの思いは必ずその方に届き、その方はあなたの思い全てを優しく受け止めて下さいます。そして優しく寄り添っていて下さいます。
いつの日かあなたがその天寿を全うなさる時が来ます。その時にも必ず仏様がお導き下さり、その方がご先祖様方を連れてあなたをあたたかくお迎えなさって下さいます。そして共に喜び合い分かち合うことでしょう。あなたとその方は共に涅槃に至りご成仏なさるのです。
宜しければあなたの思いをここでもお話なさって下さい。あなたを心よりお待ちしています。
お返事ありがとうございます。どうかその方と共にあるこれからの人生を大切になさって下さいね。
質問者からのお礼
しゃく ゆうすいさま
ご丁寧なご返答ありがとうございます。
仏様のお声となり、私にご回答下さったのだと心して拝読致しました。
真の気持ちからお答え下さった事、心より感謝申し上げます。
ありがとうございます。
Kokusho kuuyo Azumaさま
ご回答頂きありがとうございます。
そして心入るお言葉、心より感謝申し上げます。
あの人との縁は続く。
そう言って頂けただけで充分でございます。
本当にありがとうございます。
語彙力も語彙量もございませんので充分にお礼が伝わるか心配ではございますが、本当にありがとうございます。
これからも何度も読み返し、心の糧に致します。
ありがとうございました。