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不幸な事件などに過敏に反応してしまいます

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今月子どもが産まれ、実家族・義家族・主人に温かく迎えられ、大変ですが幸せな日々を過ごしています。

ただ、最近テレビやネットのニュースを見て、学校での殺人行為や高齢運転の事故死など自分では防ぎきれない事故に過剰に反応してしまいます。

今は里帰りをしているのですが、「自宅に住んでいる主人が今日事故にあったらどうしよう」とか「買い物に出ている母が突然他人に刺されたらどうしよう」とか、時間があると考えてしまいます。

この考えと向き合うにはどうしたら良いのでしょうか。向き合った方が良いのでしょうか。

人間いつかは死ぬものだと思いつつ、当たり前ですが、他者から殺されるのは本当に避けたいです。

これからの人生まだ長いのに、こんなことを考えて、起こってもいない未来に恐怖を感じているのに少し疲れました。

どう気持ちの整理をつけたら良いのでしょうか。

2021年11月27日 14:37

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

恐れは味方、いざというときの

まずは何よりもお子様のご誕生、おめでとうございます。

こなたさんの相談文を読ませていただきました。

色々なニュースを見て過敏に反応してしまうとの事。お子様が生まれたことで無意識に心が過敏になっている事があるのかもしれませんね。

私には現在2人の娘がいるのですが、昔、最初の子が生まれた時は、こなたさんのように私の妻も過敏になっていました。

…などと今では冷静に振り返ってますが、その当時は私の方もそれに気づかないまま妻に同調したり反発することもありました。

しかし、不思議なことに2人目の子が生まれた時は、この過敏さはお互いに全くありませんでした。そうすると今度は、あの時あったはずの過敏さが無さ過ぎて「これでいいのかしら?」とお互いに心配になりました。

これらは、今こなたさんが過敏になっている部分とは少し違いますよね。しかし、今の時期に《過敏になる》というのは、親としての自覚や責任感から出てくる気持ちという意味では一緒ではないかなと思うのです。

それを踏まえた上で、こなたさんが過敏な気持ちとどう向き合うかですが、「心配し過ぎ」「気にするな」と無理に消す必要はないと思います。(消すことが出来るなら、そもそもここで相談しませんよね)

実は私、心配症なところがあって、いつもネガティブな事を考えてしまいます。

電話がかかってくると、出る前から勝手に色々な事(事故や自分の過失)を想像して今でも緊張してしまいます。

そんな時、私は「いざというときの心の準備をしてくれているんだね。心配してくれてありがとう」と自分自身に向かって心の中でつぶやくようにしています。

大切なのは、恐れや不安は、私の《敵》ではなく私を成長させてくれる《味方》だと思うことです。

恐れや不安、身体の緊張は、私を追い詰める《敵》ではなく、いざというときの心の準備をしてくれているのです。低いところから落ちるより、高いところからの方が痛いのを心はよく知っていますから。

そうしてみれば、お子様の生まれた幸せに水を差すような感情だと否定するのではなく、「一寸先は闇」な人生だからこそ今の幸せを当たり前だと思わずにいさせてくれる大切な気持ちと向き合うこともできるのではないでしょうか。

恐怖心を消す以外にも、そのような向き合い方もあるという紹介をさせていただきました。ご参考までに。

2021年11月27日 21:57
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有り難し
おきもち


1979年名古屋市生まれ。 真宗大谷派の僧侶です。
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質問者からのお礼

伊藤さん
ありがとうございます。
不安な気持ちを、自分の味方ととらえるという考えは素敵だなと思いました。
心の準備をしつつ、今は幸せと向き合います!

「世の中・社会のできごと・風潮」問答一覧

多様性という言葉が嫌いです

 僕は、自閉症スペクトラム障害、難治性肺気胸、うつ病を持っています。16歳の頃に中退して、10年間引きこもっています。顔は正直不細工だし、太っています。障害年金と親の金だけで暮らしているので貧乏です。今は気胸が再発していて息苦しいのでそう思ってしまうのかもしれませんが、世の中は平等じゃないです。みんな違って、みんないい、とか言いながら、僕みたいな本当に終わっている人間のことは、誰も相手にしないし、軽蔑して当然と思っています。被害妄想ではなく、家族にもそういう態度をとられますし、ネットでも「税金泥棒」「自分がその立場なら自殺する」など数えきれないほど言われてきました。多様性というのは綺麗ごとだと思います。「みんな違ってみんないい」の中の「みんな」には僕は入っていません。LGBTのような人たちが差別を受けなくなるのは当然いいことなのですが、そういった記事を見るたびに「なんで僕は差別されるのだろう」と思ってしまいます。恐らく顔の良い女の子だったり、健常者だったりすれば「可哀想だ」と思ってもらえるんでしょうが、顔がキモくて金がないおじさんなので、誰も同情すらしてくれません。「死んだほうが世の中のためになる」と散々言われました。  僕は、誹謗中傷されるのは全然構わないです。ただ、「多様性」という言葉が大嫌いです。

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他人を犠牲にして生きている

今日、不思議な夢を見ました。 母と2人でゲームセンターに行く夢です。 (子どもの頃よくゲーセンに行っていました) 母に小銭を貰います。そして、「いいな」と思う可愛い女の子のフィギュアがあるのですが、「今ここでお金は使えない」「もっとよく店内を見てからにしよう」とします。 母には欲しい景品がたくさんあり、私はそれに着いていきます。また、「ほら、ここ!お母さんの好きなグッズがあるよ!」と声をかけます。 そうしている内に、いつの間にか、自分がやりたかったことを後回しにしていて、もうやるには遅すぎることに気づきます。 私が「あのゲームで遊びたいな!」と思っていたものには、人だかりができていて、母の元に戻ってきては、母が欲しいものを得るためにサポートをしていました。 私は、自分のためにお金を使うのが怖いです。 昔、家族がみんな母のお金でゲームやパチンコなどギャンブルをしていたので、私自身、母に申し訳ないし、母にそんなことをさせたくないという思いがあります。 一年あたり学費が百万円もする私立中学に通っていましたが、一年で不登校になってしまい、学校で勉強や技術の習得をしていないのに、その後も大金を払い続けてくれた親に申し訳ないという気持ちもあります。 故に、これ以上、人に自分のことでお金を使わせたくない。自分の好きなことでさえも、お金を使うことがいやです。誰かを、母を、親を、犠牲にしているのではないかと感じます。 そして、「お金」とは、夢を叶えるための「切符」であり、「リスクを払う」ことであると思います。そのリスクに向かう意思決定ができません。 私が人生へのリスクを払って生きる(お金を使って楽しむ)ことは、誰かを、母を、踏みしめていることだと思ってしまいます。 生きることは、誰かを犠牲にしている。 そのことについて、仏教という観点から、皆様方のご意見、アドバイスいただけますと幸いです。 よろしくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 9
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日韓ハーフの立場

私は、母親は日本人で父親は韓国人という、所謂「日韓ハーフ」です。 現代での韓国ブームのおかげもあり、日常的には差別されることはなく、快適に生活できています。 しかし、私の悩みのタネは、SNS上での韓国への評価です。 今まで、韓国は日本に悪意のある行動をたくさんしてきました。そのことは理解していて、それによって韓国が嫌いな方が一定数いるのも理解しています。 しかし、韓国有名人の犯罪のニュースなどは日本でもよく流れており、その動画には必ず「韓国なんだから当たり前だ」「韓国人はみんなこうだ」「韓国好きは目を覚ませ」というふうなコメントがあります。 そしてそれに対して「それは偏見だ」「国は関係ない」と反論してくださっている方は極稀で、大体は放置されています。 そして更には悪口として使われることがあります。「韓国人のようだ」「韓国人みたいな性格だ」などの言葉を使ったコメントを当然のようにしており、高評価もついています。 「韓国はろくでもない」「韓国人とは縁を切るべき」「韓国と日本の関係を切ろう」そう言いたくなるほど日本人が傷つけられたというのは事実で、否定できません。ですが、私はそれを見てどう思えば良いのかわかりません。 韓国と日本にはこれから徐々に時間をかけて仲良くなっていって欲しいという気持ちもあり、でも韓国の日本への態度が嫌だという気持ちもあり、どちらの立場に立てばよいのかわからないんです。 韓国を庇えば「反日」扱いされ、見たくもない嫌韓コメントに悩まされています。 現実でも誰かにこういう思いをさせているのだろうか、そんなふうに考えてしまいます。 私はどういう心構えで生きてゆけば良いのでしょうか。

有り難し有り難し 29
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遠く離れた国の難民を助けたいが・・・

はじめまして。今日、こちらに登録しました。どうぞよろしくお願いいたします。少し特殊な状況についてですが、解決策というより、心の持ち方について、お坊さんにご教示いただければ幸いです。私は今、友人のご家族を助けるために、その友人に大金(160万円ほど)を貸すかどうか、瀬戸際に立っています。 その友人は外国人で、日本で永住権を得て暮らしています。彼には祖国に若い弟・妹がいるのですが、その国では厳しい兵役制度があることから、それを逃れて、今、隣国の難民キャンプにいるそうです。 その逃れた先の国は、今、政府軍と少数民族の紛争が大きな問題となっています。その弟さんたちのいるキャンプというのが、まさにその少数民族のいる地域で、近くで紛争や空爆があり、水や食料も乏しく、本当に危険と隣り合わせで暮らしているそうです。彼らにはパスポートがなく、日本に入国させるのが法律的に不可能で、あと残った選択肢は、以前難民キャンプにいた、今は別の国に暮らす仲間に大金を払い、違法な手段でその国に渡航させ、保護してもらうことだそうです。 私はその外国人の友人ともう長い付き合いで、ご家族のこともよく話に聞いていたので、とても他人事とは思えず、若い妹・弟さんが、そんな怖い思いをしていることに、本当に自分も苦しくなるほどつらいのです。友人は、日本や海外の弁護士や国連機関に問い合わせてなんとか救う方法を数か月模索したそうですが、やはり個人として難民を救うことはできないと言われたそうです。 私も今、色んな専門家の方にメールして助けを求めているのですが、最悪の場合、私が彼に160万円ほど貸し、そのリスキーで違法(賄賂など)な渡航を試みてもらうしかないと思っています。もちろん、それは本当に最終手段ですが。 今の私は、その危険地帯で怯えながら暮らしている友人のご兄弟を早く救いたいのと、もし渡航が失敗して、彼らの命がもっと危険にさらされたらどうしようという不安や、自分のお金が賄賂などに使われてしまう不安で、心が落ち着きません。彼は、たとえご兄弟の渡航が失敗しても必ずお金は返すと言っており私もそれを信頼したいのですが、160万円という大金を貸すなんてしたこともなく、他の誰にも相談できません。重圧が肩にのしかかっているような気分です。どのような心の持ち方で対処していけばいいでしょうか。どうぞご回答よろしくお願いします。

有り難し有り難し 28
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