喪主として、娘としての後悔
母が亡くなりました。私は喪主を勤めました。 母の病気がわかってから3年程経つため、ある程度の話はしていたつもりでしたが、いざ葬儀の場面になると、小さくやってほしいという願い以外、母の望んだようにはできませんでした。
例えば新聞のお悔やみ欄に載せるかどうかにしても、母は載せると言ったのに、私はその事を失念し載せませんでした。本当は途中で思い出したのですが、小さくやることばかりを優先し、今さらいいやと半ば意地になり載せたいと言いませんでした。言い訳をすれば、母は病気のことを誰にも知れたくないと言っていたので、亡くなったから発表しますというのもおかしな話だと思ったということもあります。
親戚や葬儀屋さんは、あとから知ったら失礼になるし、お世話になった人も参列し、挨拶したいだろう。それに、あとから対応する方が大変なんだよと言っていました。今ならそうだと思えるし、すっきりしたのではないかと思います。実際、母の知り合いは二人しか参列せず、本当に寂しい思いをさせてしまったと後悔してもしきれません。
夏から秋に掛けての1ヶ月半位、介護休業して自宅で介護しました。私は寿命の宣告をされ時間がないのがわかっていたのに、携帯ゲームをし、適当に相槌を打ち、ダラダラ過ごしました。本当はもっと心に刻んで、有意義に過ごすべきだったのに。でも私はその間、母に甘え心穏やかに楽しく過ごせたように思います。母はがっかりし、私の将来が心配になったかもしれませんが。
葬儀は全てを1人でやりきることで精一杯でした。それは事実です。でも母の苦しみに比べたら、そんな事はどうということでもなかったようにも思えます。私が頑張れば良かったこと。なのにやらなかった。今まで二人でなんとかやってきたのに、最後の最後にそのことが帳消しになる位のことをしてしまった。自分のいい加減で適当ですぐ逃げるこの性格や生き方が本当に嫌です。絶望しています。
母は優しいし、私の性格を承知の上でいいんだよって言ってくれるかもしれませんが、私の気持ちがどうしても収まりません。病気だけでも大変だったのに、ちゃんとしっかり送ってあげられなかった。このことが今後もずっと頭から離れず後悔していくのだと思います。
これまでの行いを含め、いつか少しだけでも赦される日が来るのでしょうか?いつか自分の中で消化される日が来るのでしょうか?
お坊さんからの回答 1件
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悔いるより、ありがとうと思い出を大切に。手を合わせる生き方を
お母さまのご往生
謹んで哀悼の意を表します。
見送っていく方は、やはりどんな最期でも、後悔が尽きませんね。大切な人なら、尚更に。後から後から、こんなことも言われていたな〜あのときの会話はこんな想いや意味があったのではないだろうか と、思い出されては、自責の念も生まれますね。
プロフィールも読ませてもらいました。
あなたがずっと家を、お支えしてきたのですね。お母さんは、何よりの安心だったことでしょうね。毎日の看護はご苦労も多かったと思いますよ。そんな中で、そばにいてくれた、それだけで生き抜く力になったことと思います。
最期の言葉は、遺言のように強く残りますが、あなたが立派にお見送りされたこと、何より感謝なさっていると思います。
生きてきて良かった、この子が娘で良かったとね。
亡き方はね、仏様の世界で生きてくださり、あなたを想ってくださっています。仏縁を大切に、あなたもいつの日か、ここで遇いましょうと。それが、あなたやお母さんを救ってくださる仏様の願いですよ。
どうぞ、悔いるより、ありがとうと思い出を大切に。手を合わせる生き方をなさってくださいね。これからも親子であり、同じ世界でまた遇えるのですから。別れなんかじゃないのです。
合掌
質問者からのお礼
中田 三恵 様
早速のお言葉、ありがとうございます。
私はどうしても後悔しやすいし、自分を追い込み過ぎてしまうのですが、優しい労いのお言葉とまた遇える・いつまでも親子なんだとの励ましに心が救われた思いです。
今すぐには解決しないことだと思いますので、ゆっくり少しずつ前向きに過ごせるように、私を形作ってくれた母に少しでも誉めてもらえるように、感謝を忘れずに生きていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
追記
先程お伝えし忘れてしまったのですが、最初に回答を拝読したとき、なぜか母に言われたような気がして暖かい気持ちになり、涙が溢れました。また遇えるのを楽しみにしていると。
支離滅裂ですみません。
ありがとうございました。