友人の死 生きていきたくない
先月、友人が亡くなりました。
突然の病死でした。
生まれた時から一緒で、あんなに大切な存在はいませんでした。きっとこれからも出会えません。
まだお互い大学生です。
彼女も私も自分の夢に向かっているときで、余裕がなくて全然連絡を取れていませんでした。
失ったのは彼女という存在だけでなく、彼女の家族との関わり、これまでの思い出、一緒に関わってきた人たち、などの関係も壊れてしまいました。
私ほど彼女と仲が良かった人はおらず、かといって家族でもない。
誰ともこの孤独と耐えられない胸の痛みを共有することはできません。
今とても不安定で、もともと悩みばかりだった生活が、彼女の死によって一気にどん底に落ちてしまいました。
なぜ彼女が死ななくてはならなかったのか、なぜ私は大切な友人と生きていくことを許されないのか、なぜ周りの人は生きているのに彼女だけ、どうしてあんなに大切な子を失わなくてはいけないのか
考えても考えても何もわからず、苦しくて胸が張り裂けそうになって、全て諦めたくなるのです。
こんなに辛い生き地獄を生きなくてはならないのなら、いっそ死んで楽になりたい。
彼女の元に行きたいわけではありません。きっと自分が楽になりたいだけなのです。
彼女がいない現実をこの先何十年も生きていくのが怖いのです。
私はどうしたらいいのでしょうか。どのように考えたら救われるのでしょうか。生きていかねばならないのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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やがて悲しみは底を打つ
しゅう 様
ご友人のこと、お悔やみ申し上げますとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌礼拝。
親愛なる人を喪った時、人は誰でも、哀しみの中、混乱し、受け入れらず、怒りや後悔や、落ち込み、諦めという心の動きを行ったり来たりします。今はその時期かと思います。その時期を抜け出し、立ち直ったような感覚に戻るのは、人それぞれ長さが違います。すぐに立ち直る人もいれば、何年もかかる人もいます。ですので、泣くだけ泣いて、やがて悲しみは底を打つ。そんな時期があると思ってください。そして、誰かに気持ちを聴いてほしいと思うなら、安心で信頼のできる人に気持ちを吐露してください。落ち着いた穏やかな環境でただ聴いてもらってください。セラピストでも僧侶でもいいです。穏やかで心が安心安全を感じることが大切です。
それから、そのご友人は、若くして病とはいえ、「生ききった」のではないでしょうか?あなたがそのご友人を最も大切と思っていることが、「生ききった」証拠です。そのことは、あなたが一番よく解っていると思います。
もしあながた、あなたの人生を、そのご友人のように「生ききる」としたら、これからあなたはどの様な人生を歩みたいのでしょうか?
哀しみがすぐ癒えないかもしれませんが、そのことも想ってみてください。
辛い苦しい気持ちが、まだまだ続くかもしれません。そんなときは、何度でもまたご相談ください。一礼