富山県の交番襲撃事件。込み上げる思い。
いつもお世話になっております。先ほどニュースを読んでいたところ、
昨日、富山県の交番襲撃事件の犯人の2審が結審し、3月に判決が
言い渡されることとなったと載っていました。
犯人側は、「発達障害の影響で刑事責任能力が著しく低下していた」
として刑を軽くするよう求めたそうです。
私も同じ発達障害者として、激しい憤りを禁じ得ません。罪を
犯しても「障害のせいだ」と言い張って償いから逃れようなど。
非常に汚らわしく嘆かわしく思います。
以前こちらで別のご質問をした際に、
「特定グループのうちのひとりが悪事を働いたとしても、そのグループ
全体が悪いと世の中に思われる訳ではないので安心して」
とお言葉を頂いたのですが、今回は桁が違います。認知症のお婆ちゃん
お爺ちゃんが、ちょっとパニックを起こして人様のバッグを蹴り付けるの
とは訳が違うのです。
尊い命が2つも奪われているのです。お巡りさんは何十か所も体を
切られてそれでも戦って、学校の警備員さんは丸腰で抵抗もできず。
2年前の事件です。49日が過ぎているので、もう輪廻の中に落ちて
しまっているとしたら、ご供養をしても手遅れでしょう。
愚かなことに当時の私は、ご供養をするという頭がありません
でした。今ニュースを読んで、お二方にはこう申し上げたい。
「痛かったでしょう、苦しかったでしょう。助けて差し上げられず
本当に申し訳ありません」
阿弥陀様には、今からでも遅くはないよと救いの御手を差し伸べて
頂くことは可能でしょうか?
お巡りさんは、警部補から警視に殉職により特進だそうです。
本来ならば生きてお勤めなさって、頑張って上がって頂きたかった。
地域でも親しまれていたかもしれません。
警備員さんは、幸せなご家庭があったでしょう。奥様やお子様、
生徒さんたちの笑顔に囲まれて…お二方の生前の暮らしぶりに思いを
馳せ、今、袖を絞っています。
私は、もし天地神明、一切諸仏菩薩、そして我が国の司法が許すの
なら、私自身のこの手で犯人に同じ苦しみを味わわせたい。世界中の
発達障害者に泣いて詫びさせたい。そう思いました。
発達障害があるが、他の患者が苦手、健常者さんに負担を強いる障害者が許せない、 医師の悪口を言う僧侶が許せない、選挙で体調崩す、医師を顎で使ったり「薬減らせ」とごねる患者に辟易 #薬は悪くない
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
そうですね。発達障害があるから刑罰を軽くすることは、かえって発達障害の人達を差別する原因になるかもしれませんね。
障害の有無に関わらず行った事に対して罰することも状況によっては大切な気がしますね。
お亡くなりになったお二人が安らかでありますように。南無阿弥陀仏。
質問者からのお礼
【三宅 聖章 先生】
ご回答ありがとうございます。きょうは病院でした。帰りに厚紙と
墨汁、それから小筆を買って、お風呂で体を洗ってからそれらで
2人分の簡易的な位牌を作り、仏壇の位牌入れにお二人の俗名、
お巡りさんは特進後の階級もお書きして阿弥陀様にお祈りしました。
警備員さん、警視さん、そして阿弥陀様。私は、絶対にこのような
過ちを起こさぬことをここに誓います。道は時には曲がりますが、
私は人の道を曲げません。あちらの国から私を見ていてください。